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01.女神はやり直しを命じた

「私は違う、何もしていないわ」


 呟く少女は、みすぼらしい恰好をしていた。裾や襟が汚れたドレスは何日も洗っていない。着たきりなので、皺だらけだった。美しかった黒髪も雑に切り落とされて、ざんばら状態。白く滑らかだった肌も傷や汚れが目立った。


 離れていても悪臭が届くほど、放置された……彼女は元公爵令嬢だ。アードラー王国で最も古い血を誇るロイスナー公爵家長子ガブリエルは、才色兼備の完璧な淑女と謳われた社交界の華だった。今は見る影もなくやせ細り、汚れ、目も虚ろだった。


 アードラー王国王太子殿下の婚約者、麗しきロイスナーの華、病に伏せる国王陛下のお気に入り。すべての称号がいまの彼女を貶める。王太子ニクラウスは、淡々と彼女の罪状を並べた。すでに公爵夫妻は処刑され、弟ラファエルも殺されている。残るのは、ガブリエルただ一人。


 豊かな資源が眠る領地を治めていた筆頭公爵家の直系は、彼女で途絶える。ああ、それが望みなのね? ガブリエルは唐突に悟った。様々な理由を付けたけれど、王家の財政はひっ迫している。改善するには、豊かな貴族を潰して財産を没収するしかないほどに。


 政略ゆえの婚約と知っていたけれど、異世界からの聖女に夢中になったニクラウスが考えたのは最悪の一手だった。叔父様達が警告したとき、どうして退けてしまったのだろう。


 愚かな私達のせいで、伯爵家の叔父様達は排除された。騎士団長の地位も軍を指揮する権限も、奪われたわ。あれもきっと、私達を助けられないようにするため。


 王家に弓引いた反逆罪、異世界からきた聖女リリーを傷つけた罪。ほかにも横領や利敵行為など……最後は使用人への虐待まで付け加えられた。黙って俯くガブリエルの口角が持ち上がり、甲高い笑い声が周囲を満たした。


 気狂いのように笑い続けるガブリエルを、騎士達が処刑台に拘束する。ギロチン、首を落とすためだけの道具も……異世界からの知恵だったわね。ガブリエルの目に、家族の首が映った。死しても辱めるため、公開処刑後に朽ちる姿も晒すと宣言されている。


 わたくし達が、それほどの罪を犯したと、本気で思っているなんて。どれだけ尽力して領地を豊かにしたか、その恩すら仇で返された。ガブリエルの心に黒いシミが生まれる。それは憎悪の色をして広がった。


「あははっ、げほ……けふ……そうなのね? 全部わたくし達のせいにして……終わらせる、気? ふふっ、もう好きにしたらいいわ。女神アルティナ様、敬虔なる信徒を……どうか」


 お救いください、お慈悲をくださいますよう。


 手を組んで祈ることもできぬまま、ガブリエルの声は途中で途絶えた。涙はない。すでに枯れていた。首桶へ落ちた黒髪に喝采の声が上がり、王族への称賛が響く。手を挙げて応えるニクラウスの醜い笑みが、引きつった。


 突然の落雷で、処刑台が吹き飛ぶ。血に赤く染まった板は、近くにいた騎士の腹部に突き刺さり、公爵令嬢へ刃を落とした処刑人の頭を潰した。悲鳴が周囲を満たし、人々は逃げ惑う。


『このアルティナが認めた天使を、可愛いガブリエルを殺したのは、この国の民。敬虔なる信徒を殺したのは、そこの邪悪なる娘……異世界から入り込んだ異物』


 澄んだ美しい声に、人々が立ち止まる。先ほどまで狂喜して処刑を楽しんだ民は、女神の光を見た。疑う余地はなく、光を浴びた瞬間に畏敬の念を覚える。慌てて膝をつき、幼い頃から慣れ親しんだ祈りの姿勢をとった。


『女神アルティナの権限を行使する。世界の時間を戻し、やり直すことを命じる。神への反逆を(あがな)うがよい』


 宣言は静かに響いた。世界はやり直しの機会を与えられ、人々は罪を贖うための記憶を持ったまま……新たな人生を歩むことになる。痛みと苦しみが溢れる(いばら)の道を。

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