【続編】あたしがそんなところに行くはずないじゃない
本作は拙作「私がそんなことするはずないじゃないですか 」の続編となります。前作を未読でも読めるように心がけましたが、先に前作をお読みいただけますと、よりお楽しみいただけるかと思います。どうぞよろしくお願いします。後書き下のリンクまたは上記「陶磁器シリーズ」から飛べます。
ガチャーン!
目の前のテーブルへ割れたカップの破片をぶちまけられ、私の一家は全員、真っ青になっていた。
「お宅のカップのせいで、私の愛する妻が大火傷を負ってんだ、どうしてくれる!!」
恫喝しているのは太り過ぎの脂ぎった男、我が家の商売敵であるチェッタ家の当主だ。この商売敵が言うには、我が家のカップでお茶をしていたところ、突然カップが割れて熱々のお茶が夫人の太ももにかかって火傷したとか。そんな馬鹿な。カップが突然、理由もなく割れるなんて。
そして、その割れたカップとやらをわざわざ我が家まで持参して、テーブルの上にぶちまけている、という状況である。しかもこの男が「愛する妻?」この男と奥方が超絶不仲なのは有名なのに?何から何まで嘘じゃないか。
「これを見ろ!ほら、お前んとこのカップだろうが!」
破片の山を指差すチェッタの当主。抗議するも形成不利な我が家の面々。調子付いた男は唾を飛ばしながら怒鳴り続けた。
「お前んとこの長男が開発したとかいう新しい技術だかなんだか知らないが、客に怪我させるなんで言語道断だ!どう責任を取るつもりだ!」
永遠に続くかと思われる恫喝を、私は妹を抱きしめながらじっと身を縮めて耐えていた……。
「という出来事があったのです」
私は夫の義妹であるマハモさんの仏頂面に向かって説明していた。マハモさんは昔、私を陥れようとして返り討ちにあい(というかあまりにも稚拙な手を使ったため自滅したのだ)、その弁償のため我が家の磁器工房で修行していた。その時以来に会うマハモさんは頼もしくなった顔をしかめて私を見ている。彼女はこの度、晴れて年季?が明けて、さらなる修行に他所へ出ることになっているのだが。
「あのチェッタのジイさんはあの時、家族全員を呼び集めろと言い、恫喝し高額な慰謝料をふっかけてきたのです。私にですら、無茶苦茶な言いがかりなのはわかりましたが、本当に我が家のカップが突然割れたのではないと証明できるわけもありません」
「……まあ、そうなのかもね」
マハモさんは不満そうに言った。話の内容が不満なのか、私と会話するのが不満なのか、仏頂面のままだ。
「結局、公的な裁定が入り、慰謝料の支払いはなかったものの、私の兄は謹慎させられて後継者から外されました」
「えっ?」
「そうなのです。喧嘩両成敗ですって。こちらは喧嘩している気はこれっぽっちもなかったのに。兄が外されて我が家は後継者がいなくなりました。姉はすでに嫁入りしており、次兄は文官になっていましたが、上司の娘さんと懇意になって婿に行くことになっていて。妹には幼い頃から仲の良い婚約者がいましたし……。父は元気でしたが、ゆくゆくの後継者がいないのは致命的です。そこで私に白羽の矢が立てられたというわけです」
私の説明に、マハモさんはそっぽを向いて毒づいた。
「後継の座が転がり込んできたというわけね、よかったじゃない。あたしはてっきり、あんたのことだから自分の家族になにかして追い出したのかと思ってたわ」
相変わらずの物言い。でも私は怒る気になれなかった。つい遠い目になる。
「その頃、私は磁器職人になりたくて修行をしていました。できることなら工房に残りたかった。もちろん、貴族令嬢として職人になることなんてできないのはわかっていましたが、技術は身につけていたかったのです。ですが今では、当主になって経営者の立場で工房を支えるのも、やりがいを見出すことができました」
「ああ、取り扱いを説明した文書を添付することにしたんでしょ」
「ええ。それだけではなく、購入してもらう際には、万が一破損しても我が家に責任は問わない旨の誓約書にサインしてもらっています」
「……それってどうなの。嫌がられてるでしょ」
「それでも我が家の磁器が欲しいと言わせるだけのものを作っている自負があるんです。これまでの自分の功績にも誇りを持っておりますよ。強引だとか強欲だとか陰口を叩かれますけどね」
マハモさんは鼻で笑った。
「それ陰口じゃなくて事実だと思うわ。それで?修行を中断させられたあんたは、凄腕職人のあたしに嫉妬してるとでも言いに来たわけ?」
誰が凄腕だ。百年早いんじゃい。私も鼻で笑い返してやった。
「修行できる身の上が羨ましくはありますが、そうではありません。チェッタ家とウチは昔からの商売敵です。チェッタのジイさんは最初、あどけない少女だった私(誰のことよとマハモさんが言うのは無視した)に、当主なんて無理だろう、ウチの息子と結婚して、磁器の経営は任せたらどうだ、などと言ってきたのです」
「……は?」
さすがに驚くマハモさんに、私は頷いてみせた。思い出すだけでも腹立たしい。
「冗談じゃありません。言いがかりで父と兄を追い落とした上で、私と息子を結婚させて乗っ取りを画策するなんて」
「汚ないやり口ね」
マハモさんが目を伏せる。私は構わず続けた。
「確かにチェッタには、腕の良い継ぎ師たちがいます。が、現在の当主、あれはいけません。陶磁器産業では後発の我が家がチェッタを追い落としている形ですから面白くないと思うのでしょうけど、チェッタのジイさんは金儲けが第一で、品質を落としたり職人を使い潰したりしているのに、落ち目になったのは全て我が家のせいだと目の敵にしているのです。あそこの職人や使用人、領民たちは痩せていく一方で、あの脂肪ジイさんはどんどん肥え太ってるというのに」
マハモさんは呆れ顔だ。
「あんたは相変わらず口も悪けりゃ性格も悪いわね。他領の領主をジイさんとか脂肪とか」
「あんなの、脂肪ジイさんで十分です。陰湿な嫌がらせを繰り返したり、商売を妨害してきたり、こちらの情報を盗もうとしてきたり。そんなことに時間を割くなら、少しでも良いものを作るために努力をするべきだと思いますけどね。ウチの長兄のように」
「ああ、あんたの兄さん、新しい技術の研究を続けてるんだったわね、おかげで新商品が大当たりだわ」
「ええ、兄は当主になるよりも研究の方が性に合ってたのか、楽しげなんですよねぇ。後継を任された私はなんだか腑に落ちませんが。
あの後、幸いあなたのお義兄さんが婿入りしてくれたので、私が我が家の当主を引き継ぎました。チェッタは汚い手で我が家の未来を潰してやったと高笑いしていたのに、私という優秀な当主(だから誰のことなのよさっきから、とマハモさん。これも無視無視)が現れて辣腕を振るい、あっという間にチェッタをしのぐ磁器生産者になったのですからね、さぞ歯噛みしているだろうと思うと鼻歌のひとつも出てこようってものです」
「やっぱりその性格どうにかしたほうが……」
私はマハモさんに最後まで喋らせなかった。
「マハモさん、修行先は他にも良いところが沢山あります。チェッタが修行先じゃ、ウチの工房で修行したマハモさんが、修行どころかどんな扱いを受けるかわかりません。せめて我が家の提携先もしくは中立の立場の工房を選ぶことをお勧めします。もしマハモさんがどうしてもチェッタの工房に修行に行きたいと希望されるのなら、我が家もご実家もあなたと縁を切らなければなりませんので、もう二度と帰ってこない覚悟でどうぞ」
マハモさんは複雑な顔をしていた。私が彼女を心配する気持ちが、少しは、ほんのちょっとだけど、ありそうな雰囲気がしなくもない、かもしれないことを、感じ取ったのかもしれない。私、顔が赤くなったりしていないだろうか。
「……余計なお世話だし、色々うるさいわ。あたしが勘当されなければならないようなこと、お父さまも親方も許すわけないでしょう?これでも将来を嘱望されてる凄腕職人、の、卵なんだからね!」
私があっけにとられて黙っていると、マハモさんは慌てたように続けた。
「そ、そもそも、私の修行先はチェッタじゃないし!あそこと因縁があるってことは、いくらあたしでも知ってる。だって業界じゃ有名な話だし、嫌でも耳に入ってくるわよ。ちゃんと修行先は、親方にも相談してじっくり決めたわ」
私は純粋に驚いた。彼女が勢力争いや市場争奪について配慮するとは、びっくり仰天だ。てっきり、継ぎの技術では有名なチェッタに行くものだとばかり思っていた。
「マハモさん、成長したのですね……!昔、あなたがティーポットを叩き割ったあの頃からすれば、目を見張るほどの進歩だわ」
「だからあれは……!人の黒歴史を、いえ、つまり!相変わらずヤな人ね!とにかく!あたしの修行先は、ここと取引のある、ちゃんとしたところだから!いちいちジャーナ義姉さんが口出しすることじゃないわ!」
……「ジャーナ義姉さん」。今、マハモさんったら、私をジャーナ義姉さんって呼んだわ。
私は驚きのあまり、ポカンと口を開けてマハモさんをまじまじと見た。すると彼女は、顔から首から指先まで、みるみる真っ赤になったのだ。今にも頭から湯気が出そうだ。
「あっあたしっ!準備で忙しいの!話がそれだけならもう帰って!」
驚愕からさめない私は、口を開けたまま二、三度頷き、何も言えないまま踵を返して部屋を出た。
あのマハモさんが。私を。
「ジャーナ義姉さん」だって。
「えええええーーーっ!」
驚きの声が出たのは、自室にたどり着いて一人ソファに身を預けてからだった。
……義姉さん。義姉さんかぁ。私、マハモさんの義姉なんだな。そりゃそうだ、マハモさんは私の夫の義妹なのだから。けど。
私の頭からも湯気が出そうだ。私は両手で顔を覆った。
ありがとうございました。