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第一章 「孵化という名の殻破り」 第1話

『努力と自己犠牲の存在意義』


―世の中ってのは、不平等で不条理なものだ。 

そして人生の分岐点というものは、予見出来ぬ唐突に

やって来る。


それが、俺の19年の人生の中で得た学びだ。

努力とは虚飾であり、無しか存在し得ぬ未来を

見据える事すら出来ない、盲目馬鹿のする愚行。

自己犠牲とは、上っ面だけの正義をベラベラと偉そうに語る事に、人生の大半を費やした者のする愚行。


分岐点などと呼んでいるが、実際は「崖」の方が

適切な表現かもしれない。人間は、人生という

長い長い道のりにおいて、いつ崖から転落するか

なんて分からないものだ。

それならば、"頑張る"なんて、

"他人の為に行動する"なんて、

最高に無意味で無価値な行いではないだろうか?


それを否定する偽善者共が多くいるのは知っている。

いや、偽善者などと呼ぶが、どちらかが正しいかは

誰にも分からない。それは恐らく、どちらも相応に

正しく、正しくないからだろう。


そして悲しい事に、例え人生観が正反対の双人種に

おいても、生きる為に必要な3項目は変わらないのだ。

空気、水、そして食料。

息を吸わなくても良いのなら、水を飲まなくても良い

のなら、食料を食べなくても良いのなら、

俺はどれだけ幸せだったろう。


それら3つの行動に、俺は一律の嫌悪を抱いて

いるが、現状の話をするなら、食料が圧倒的な王座に

君臨していた。


僅かな有り金を絞り出して、仕方なく、本当に

仕方なく、俺は買い出しに出ていた。

そんな時に遭遇してしまったのだ。


「てめぇらぁ!一切声は出さず、一切動かず、

 一切魔法を使わず、大人しくしてろぉ゙!」


"アレ"等は多分、俺と同じ人種だ。

努力する事を止め、他者を踏み潰して滲み出た汁を

啜る。"犯罪者"と呼ばれる連中だ。


俺の神経を逆撫でするのは、同族嫌悪だろうか?

いや、これはきっと、もっと単純な嫌悪だ。

俺の望みは、何ら変化の無い日常が続く事。

そんな日常を壊したコイツ等を、どうしようもなく、生理的に忌み嫌ってしまうのだ。


「ヒッ!」

「キャァッ!」


恐怖を利用して統率を図る為だろうか。

奴等の要求に店内の全員が従っていたのにも

関わらず、1人が魔法で強化した拳を、思い切り 

壁に打ち付けた。鈍い音が響き渡り、点々と悲鳴が

聞こえてくる。恐怖が恐怖を呼び、それは連鎖的に

増えて行き、人々の冷静を心底に沈めてしまった。


考えるまでもなく逆効果だ。


「従わねばならぬという重責」よりも、

「死の恐怖」の方が大きくなっていた。

奴等は己の過ちに気が付いたのか、

挽回の一手を取った。


「待て!バカみてぇに騒ぐんじゃない!

 いいか?!これから人質を3人選ぶ!

 誰か1人でも騒げば、1人ずつ消していく

 からな!」


品定めする様に、奴等の頭役であろう男が、

俺達の顔を順番にジロジロと見詰めてゆく。

本当に嫌だ、ただでさえこんな非日常に辟易しているというのに、これ以上俺の平穏を奪うのは

やめてくれ。そんな思いを込め、俺はバレぬ様に

さっと頭役から目を逸らした。


「1人目は、、、、そうだな、そこのお前!

 死んだ目をしてるお前だよ!」


「、、、、は?」


思わず間抜けな声が漏れた。頭役の視線も、

失礼に指す指先も、間違い無く俺に向かっている。

その言葉から、俺が目を逸らした事に気が付いた

訳でも無さそうだ。この理不尽に、子供の様に幼稚な

罵詈雑言を喚き散らしたくなったが、我慢した。

すぐにその要因が分かったからだ。


世の中には、本当に色々な人間がいる。

そしてその内面は、その顔に現れるものだ。

怒りっぽい奴、優しい奴、馬鹿な奴―

この男はきっと気付いたのだろう。

「おい、お前!名前は何だ?」

俺が、自分と同じ人種で、

「、、、ロングハート・リングです。」

堕落しきった愚か者という事に。


「おら!ここにいろ!分かってると思うが、、、

 大人しくしとけよ、、!

 焼き尽くされたくなかったらよ!

 、、てめぇら、今の内に金を奪っちまえ!」


奴等は店内の一角に怯える客を集め、

人質に選んだ俺含めて3人を、その逆側に連行した。

そして、2つに分かれた客の間にある商品の数々を、

乱雑に薙ぎ倒し、無慈悲に蹴り落とした。


これで、俺達の誰かが"粛清"されれば、人質にならな

かった客にも、その惨劇がよく見える様になった。

初めから互いが見える位置に配置すべきとも思ったが、まぁ、、恐らく、考える事が面倒だったか、

考える事を嫌う連中なのだろう。

俺も同じ穴の狢だから、その気持ちは理解出来る。


さて、俺の他の人質2人についてだが、

1人は俺より年下であろう短髪の女の子、

1人は筋肉質で白髪の老男、

だ。


「嫌、、!嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌、、、、!

 何で、、何で私がこんな目に遭わなきゃ

 いけないのよ、、、、、、!?

 ただ買い物してただけじゃない、、!」


女の方は、既に恐怖で出来上がっていた。

カチカチと歯を鳴らし、自身に降り掛かる理不尽な

現状に、譫言の様に文句を垂れている。

数秒後には発狂していてもおかしくない。 

一方、老男は極めて冷静だった。

自身の死を受け入れている様にすら見える。

ただ、とある感情が見え隠れしている様に感じた。


「こんな状況なのに冷静になれるなんて、

 凄いですね。」


女の聞くに堪えぬ戯言から気を紛らわせる為に、

俺は老男に話し掛けた。それに気が付いた老男は、

俺の方を向き、温和な表情を崩す事無く答えた。


「ほほほ、私はもう十分過ぎる程に生きました。

 今更死を怖がる事など、、、ありますか。」


「それでも、こんな冷静でいられる人は

 ごく僅かでしょう。勇気のある人だ。」


「そんな事はありませんよ。私はこの消えかけの

 命を使って、女子供だけでも解放してくれぬか

 交渉しようかとも思いましたが、、、、、

 勇気が湧かず、やめてしまったんです。」


その時、俺は老男の抱く感情の正体に気が付いた。

彼の目が、答を教えてくれたのだ。


「もしかしてですけど、あなた、、、、会いたい人が

 いるんじゃないですか?

 例えば、奥さんとか、、、孫とか、、、、」

「、、!」


それを聞いて、老男はギョッと目を剥いた。

完全に意識外からの一言だったらしい。

驚嘆で叫んでしまうのを、何とか手で口を抑えて

阻止していた。その慌てぶりを見ると、どうしても

申し訳無い感情が湧き上がってくる。


「顔に出ていましたか?」


「いや、俺が勝手にそう思っただけですよ。

 、、、ですが、当たってるみたいですね。」


「えぇ。私は会いたい人がいます。

 とは言え、妻でも孫でもないのですがね。

 、、、、私達は、今日が人生の終わりの日かも

 しれない。聞いてくださいませんか、、、、

 私とその子との思い出を。」


俺は老男にバレぬ様に、一瞬女を一瞥した。

女の様子は相変わらずであり、彼女に意識を割いては、俺にも負の感情が移ってしまいそうだった。


「聞かせてください、俺に、、。」


俺の了承を得ると同時に、老男の顔には、歓喜と後悔と不安が入り混じった表情が浮かんでいた。

俺も、これから聞かされる話に、それなりの覚悟を

せねばならぬ事を自覚した。

―勿論、逃げられるならば逃げるが。


「私が会いたいのは、私の店の、常連だった

 女の子です。年は13程だったでしょうか。

 ここの商店街を抜けた先にある森で、

 昼間よく遊んでいたようで、遊び終わった後に、

 いつも私の店を訪れてくれていたんです。

 私には孫がいなかったので本当に嬉しかった。

 その度に、お菓子やお茶をご馳走しました。

 私としては、余生を生きるのにこの上ない程

 幸せな生活でした。これが、ずっと続いて

 くれていたら、良かったのですが、、、、、。」


瞬間、老男の表情から、不安の割合が急激に

高まった。話に出て来た女の子に、過去に何かしらの

問題が起こっていた事は間違いないだろう。

彼もこんな話をするつもりは無かったのだろうが、

いざ口にすると、どうしようもなく溢れ出して

しまったに違いない。


だが、俺としてはこんな重苦しい雰囲気を

続行する度胸は無い。強引にでも話を終わらせようと

思った矢先、老男は徐ろに口を開いた。


「ロングハートさん、、、でしたよね? 

 あなたは、"朧獄(ろうごく)"をご存知ですか?」


「"朧獄"、、、?何ですか、、、、それ?」


老男は、どうやら話す覚悟を決めてしまった様だ。

だが、知らない言葉に、俺は思わず首を傾げる。


「"朧獄"とは、近頃誘拐事件を多発させている

 組織の事です。"鴉(護国隊)"が付けた名と、、

 言われています。」


その言葉を聞くと同時に、俺は老男が次に何を言うかを理解した。そしてそれがこの場の雰囲気を、

更に重苦しくさせるであろう事も。

老男もそれは予感している筈だ。

だが、止まる事は無いだろう。

一度言おうとした言葉も、一度抱いてしまった感情も、再び心中に閉じ込めるなど無理な話なのだから。


「こんな事、、言うべきでは無いのは理解しています。

 ですが、、、、すみません、、、、。

 その、"朧獄"が活動を始めたと言われている時期と、

 その子が私の店にパッタリと来なくなった時期が、

 同じ、、、、なんです。」


残念ながら、俺の予想は当たってしまったようだ。

そして、彼の抱く不安は、恐らく的中している。

その子は、既に死亡している可能性が高い。


老男と女の子の境遇には同情するが、

とは言え、俺には何ら関係の無い事だ。

話を始めたのは俺だが、俺はただ2人の思い出が

聞きたかっただけ。他人の不幸話など誰が聞きたい? 

この沈黙も、そろそろ辛くなってきた。

適当に明るい話題に変えるか、そんな事を考えていた時だった。予想外の転機が訪れる。


「あ゙ああ、、、、!もう、もう嫌ァ!」


心身の一切を捕えて離さぬ恐怖、

自身の一挙手一投足が死に直結する心理的重圧、

それらに耐えかね、人質であった女は、

只管に入口目掛けて走り始めた。


「なっ?!待って下さい、、お嬢さん!」 


自身に降り掛かる危険から目を逸らし、

老男は女の安全を優先した。

咄嗟に立ち上がり、彼女を守らんと駆出の構えを

見せたのだ。俺はそれを、彼の前に手を伸ばして

止めた。


「何をするんですか?!彼女を止めないと―」


金を漁っていた犯罪者達がそれに気付いたのは、

彼女が逃走を成功させるよりも早かった。

先程までの様な、威圧感ある怒号を喚き散らすのでは無く、頭役の1人は冷静に女に掌を向けた。 


「炎魔-フレイム」


瞬間、炎光が店内を埋め尽くし、俺達の顔を

赤く染めた。同時に、それを源とした熱が、

全身に到達する。


その、一瞬の後―


赤黒い炎が、愚かな逃避者を焼殺せんと、

彼女に襲い掛かった。女も必死に歩を進めるが、

あの速度では赤黒い追跡者からは逃れられない。

あれだけ必死な様を見ると、店外は視界に入って

いないだろう。その証拠に、"彼等"の存在に気が付いて

無い。


老男の勇気を無下にした俺を、彼はどう思うだろうか?残酷な人間と思うか、意気地なしと思うか、

少なくとも、良い印象を持たれる事は無いだろう。 

だが、それは別にどうでもいい。

彼とはもう2度と会う事も無いだろうし、

"そもそも、助けも必要ないから"。


「水魔-リップル」

「ッ?!」


外にいた人物が発動した魔法により、店の外殻を担う硝子が破壊され、店内に大量の水が流れ込んだ。

犯罪者達が蹴り飛ばした商品も、流されていく。

それは、女を狙う業火を鎮火するには、十分な量

だった。


「誰だ、、?!」


殺し損ねた頭役は再び冷静を失い、発生した水蒸気の

その先にいる人物に怒声を浴びせる。

それに答えるかの様に水蒸気は晴れ、

"彼女"は姿を現した。


「護国魔法隊-"鴉"が1人、ツークフォーゲル・

 ピリオド!ここに参上!」


「なぁ、、!?鴉が何でもういるんだよ?!」


驚嘆と警戒故だろうか、彼の体から迸るサマラが

増大した。


護国魔法隊-「鴉」とは、2つしかない国直轄の

治安維持機関の1つであり、その構成員は数万を

超える。他の追走を許さぬ、圧倒的な世界の頂点に

君臨する英雄職であり、彼等が消えてしまえば、

世界の犯罪率は50倍に上昇すると言われている。


「偶然ですよ。"朧獄"の方々を見付ける為、

 この辺りの調査を行っていたんです。

 こんな都市が大変な時に、こんな身勝手な事を

 するなんて、、、、絶対に許せません!」


「お前等、来い!あの鴉と言えど、多対一なら

 俺達に分がある筈だ!全員で嬲り殺すぞ!」


頭役の飛ばした檄により、"鴉"殺害への意欲と士気が

跳ね上がった。

その勢いのまま、奴等が一斉に「炎魔」を発動せんと

したその時、


「水魔-ハイドロ」


犯罪者達とは比べ物にならない程の速度で、

ツークフォーゲルは魔法を発動した。

奴等の反応を許す事も無く、彼女の両の五指から

発射された細く長い水の槍は、彼等の掌を貫いた。

あの速度で魔法発動が可能なのは、恐らく実力者揃いの鴉内でも、極少数だろう。


実際、犯罪者達が自身の被害に気付いたのは、


「は、、、?、、、、っんだこれは?!」

「何で、、、手が、、!」


それから数秒経っての事だった。


怒りと困惑と怯えが均等に混ざったその表情で、

奴等は彼女を見る。奴等は、反撃しようにも動かない手から、静寂の中、唯一耳に届く、奴等の手に滴る血の落ちる音から、彼女の揺るぎ無い瞳から、

互いの間にある、越えようのない壁を実感した様だ。

虚栄という魔法が溶け、蛇に睨まれた蛙かの様に、

全身をガタガタと震わせ始めた。


「な、、何でだよ、、!何なんだよこれは、、?!」


自身の無様に目を向ける事すら無く、

奴等はただただ本能に従って逃走を始めた。

未だ掌に、水槍が刺さっている事すらも忘れて。


「逃がしません!」


ツークフォーゲルは両手を振り下ろし、

犯罪者達を地面に組み伏せた。

同時に、店内に閉じ込められた俺達被害者に

向けて叫ぶ。


「お願いします!この人達を拘束する手伝いを

 して下さい!」


途端に、老男と何人かの男達が助けを買って出た。

それは、単純な正義感も有れば、鴉という絶対的な

防衛力がいるこの状況で、奴等に復讐を行いたい

という人もいるのだろう。


ただ俺に関しては、皆の勇姿を胡座をかいて

眺めていた。奴等が自棄になって、決死の反撃を

してくる可能性も有るのに加え、単純に面倒だった

からだ。ツークフォーゲルが俺の方を不思議そうに

見詰めていたが、すぐに察してくれるだろう、

俺はそういう人間なんだという事を。


さて、無事に事件が解決した事は素直に喜ばしいが、

これからの展開を考えると、憂鬱な気分になる。

例えば、全員の体調を危惧して診断を行ったり、

事情を訊かれる事になるかもしれない。

それは嫌だ。俺は何の負傷もしていない健康優良児だ。俺は何の事情も知らないただの人質だ。

そもそも、俺一人欠けた所で、困る人間など何処にも

いないだろう。


適当な理論武装を装着し、俺は誰にもバレぬ様に

店から逃げた。


―勿論、買い出しの荷物は忘れずに。




















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