第77話 罰
そう――彼と、同じことをするだけ。
それなのに、私の手は最後まで動いてくれない。
私は――あの子たちのために、罪を背負う覚悟もないのだろうか?
そんな自分に、私は愕然とする。
「あなたが手を染める必要はないかと」
後ろへと、振り返る。
「へー、驚いた顔……しないんですね」
と、ノエルさんが感心? したように呟いた。
「あなたには、私の頭が潰れたように見えていたはずですが」
血の跡すらなく、無傷な姿で――私の領域の外で佇んでいる。
「もしかして、吹き飛ばされたニーナたちの身体が別物に入れ替わっていることにも、既に気づいているのですか?」
「……複製、ですね」
「そうです、そのとおりです。あれは見分けがつかないぐらい精巧なものですが、触れた瞬間泡となって消えてしまいます」
「本物のお嬢様たちは別の空間に?」
「ええ、その通りです。別の空間で今は静かに眠っていますから問題ありません」
「それは、王女様がしてくれたんですね」
私の言葉を聞き、ノエルさんは嬉しそうに笑いだした。
「そこまで理解しているとは末恐ろしいですね。流石は、転生者同士。何か感じ入るものでもあるのですか?」
「……いえ、そういうわけでは――ないです」
ノエルさんは、私をじっと眺める。
「転生者同士――という言葉には、特に反応しないのですね」
「……」
「それにしても、姫様の予測通りに事が進んでいます。あの人の目は、未来すら見透すのかもしれません」
その言葉には、どこか熱を感じさせる。
突如――ノエルさんの隣の空間に、黒い線が上から下に流れ落ち、手が2つ飛び出すと、横に線が広げられた。その中から王女さまが姿を見せ、身体が異空間から抜けた瞬間、空間が縮小し、消え去った。
綺麗な金髪の髪を靡かせ、いつもと同じく――頭の上には銀色のティアラに、白いドレス姿。
「私のいないところで、私の話をされるなど――とても恥ずかしいものですね」
と、王女さまは笑みを浮かべられた。
「恥ずかしい? 嬉しいの間違いではないのですか?」
「ええ、それはもう――どちらの感情も間違いではありません。何せ、あなたの言葉からは私への愛を感じましたから」
「むむ、そんなつもりはなかったのですが……」
「いえいえ、感じてしまいましたよ。それはもう、たっぷりと、ね」
「そうですか。それならば、気をつけねばなりませんね」
「ええ、そうですとも、気をつけねばなりません。形の上では私への愛を隠さなければならない、とは――とても大変なことですね、ノエル」
「いえ、多分大丈夫かと」
その言葉に、王女さまは笑顔のまま首を傾げました。
「今は、ニーナの方に興味が出てきましたから」
「ほぅ――――それは、あまり面白い冗談ではないですね」
王女さまは笑顔のまま、頬に手を置きました。
「それよりも、さらに面白くない案件をさっさと片付けませんか? シオン。あの顔は、面白くないどころか――見ていて不愉快ですから」
「ふふふ、確かにそうですね」
王女さまは、私の方へと身体を向けました。
「リッカさん――と、お呼びして、問題ありませんか?」
やはり、気づいているのだろう。
きっと――会った瞬間から、私の存在を。
「……気になさらないでください。私は私ですから」
「そうですか、それではリッカさん。あの男の口だけは自由にしてください」
「え?」
「お願いします」
私は少し、悩んだ。
だって、あの声はもう――聞きたくないから。
王女さまは私を見つめる。
真っ直ぐな目で、私を。
だから――私は、彼の口を開放した。
「お、お前ら! こんなことをして――た、ただで済むと思うなよ!」
あぁ、本当――煩わしい声だ。
「あら、どうなると言うのですか?」
と、王女さまは笑顔でお尋ねになる。
「そんなの、決まっている。早く死なせてくれと私に懇願するぐらいのことを、お前らの体に刻み込んでやる!」
「まぁ、それはなんて恐ろしいのでしょうか」
と、王女さまは困った顔で呟かれた。
「第三王女だからと言って、赦されると思うなよ? 王位継承権も失い、理論派ではなく感覚派として生まれたお前など、王国から誰も必要とされていないのだからなぁ!」
そう叫んだ後、男は笑う。
なんて、醜い笑い声なのだろうか。
「枢機卿の後ろ盾がある今の我々は、王であろうとも無視できん存在なのだぞ!」
「まぁ、そうなのですか?」
「そうなんだよ、この間抜けがぁ! だから、さっさと私を解放しろ。死にたくなければなぁ!」
「リッカさん」
王女さまは笑顔のまま、再び私の方へと顔を向けた。
「あなたの領域内に入っても構いませんか?」
やはり、この領域内の範囲にも気づいていたようだ。
「はい、大丈夫です」
「それでは、失礼いたしますね」
そう言って、王女さまが私の中へと侵入した。
「聞いているのか、この無能な姫が!」
「ええ、ちゃんと、聞いておりますから、どうかご安心ください」
王女さまは右手を開くと、その爪を鋭利な刃物のように変形させた。
「な、何をする気だ」
「いえいえ、お気になさらず」
そう言って王女さまは男に近づくと、彼の脇腹を右手で刺した。




