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幕間 アリーシャ

 隣に疲れ果て眠るリッカを眺めながら、私は自分の頭を抱え込んでいた。


 軽い自己嫌悪に陥っている。


 だって、流石にやりすぎた。


 歯止めの聞かなかった自分が、本当に嫌になる。


 だから、しばらくは眠れそうにない。


 だけど、後悔しているかと言われればまったくもってそんなことはなく、後悔以上に――幸せな気持ちの方が強い。つまり、あまり反省はしていない。


 私はリッカの頭を撫でながら、彼女との記憶を遡った。




 ☆ ☆ ☆




 初めて会ったとき、リッカはいつも笑っていて、私が冷たい態度をとってもにこにこ笑っていた。正直、嫌いだった。


 きっと馬鹿な子で、辛いことなんて何もないのだろうと思った。


 何てうらやましい――そう思って、どこか馬鹿にしていた。


 ドジだし、失敗しても困ったように笑うアホな子。


 私より背が高くても、心は何て幼いのか。


 とてもじゃないが、年上として敬える要素など皆無だった。


 何度だって思う。あぁ、うらやましいと。


 私もあんな風に馬鹿に生まれてくれば良かった。


 私はこんなにも孤独で、こんなにも苦しいのに。


 家族は忙しくて、ほとんど会えない。


 周りの大人は私のご機嫌を取ることしか考えていない。


 周りの子供も私の顔色ばかりを窺っている。


 みんな同じ。みんなバカばっかりだ。


 誰も私に触れようとしない。誰もが私を遠ざける。


 そして、私を――まるで違う生き物のように眺めた。


 だから、みんな嫌い。


 大っ嫌いだ。


 だけどリッカは、みんなと違った。


 馬鹿みたいな顔して、私を同じ人として扱った。


 私を可愛いと言った。私を美しいと言った。冷たくあしらう私を、大好きだと言った。


 そこには、私に媚びへつらう感じ何て微塵もなくて、嘘をついているようには感じられなかった。


 あぁ、きっと馬鹿だからだろうと、私は思った。


 


 ある日――私はイライラしていて、とても冷たい言葉をリッカに言ってしまったときがある。


 あの日、私は誕生日だった。


 久々にお父様とお母様に会えるものだと信じていた。


 だけど、その日に届いたのはただの”物”だけだった。


 そんなもの――私は欲しくなどなかった。


 私は辛かった。


 こんなにも苦しいのに、リッカは相変わらず馬鹿みたいに笑っている。


 苦しいことなど何も知らないと言った感じで――彼女は笑っていた。


 そして、後ろに隠していた物を取り出して、私に渡した。


 綺麗にラッピングされた箱。


 私へのプレゼントだと言った。


 それを見た時、父と母から送られてきたプレゼントを思い出した。


 私のことを考えたつもりなだけの――ただのごみくず。


 だって、私はあんなもの欲しくなかった。


 本当に、私のことを何も理解していないのだと分かった。


 私が本当に欲しかったものはただ、父と母との時間だけ。


 今までは何も言わなかった。


 だけどその時だけは我慢できずに、全ての怒りを彼女にぶつけてしまった。


 彼女は相変わらず笑ったまま、ごめんなさいと言った。


 きっと彼女は何を言っても傷つかない化け物だと思った。


 なのに、私は責められている気がした。


 リッカに言ったはずの言葉全てが自分自身に返ってきている気がして、私は耐えられなかった。


 だから、彼女の手にある箱を掴んで投げ飛ばした。


 それで少しでも、この心の中にある苦しみが和らぐことを願いながら。


 だけど私の心は晴れるどころか、リッカの顔すら見られなくなった。


 私は出ていけと叫んだ。


 リッカは出ていった。


 だけど、隣にいるもう一人のメイドは残った。


 それはそうだろう。


 出て行けと言ったのは、リッカだけなのだから。


 もう一人のメイドの顔は知っている。だけど、名前なんて知らない。


 メイド何てたくさんいるし、覚える必要もないと思っていた。


 彼女たちは私が何も言わなければ口を開くことのない、ただのお人形。


 だけどその時、メイドは私に向かってしゃべりかけてきた。


「お嬢様、私はミオと言います。発言してもよろしいでしょうか?」


 勝手にすればいいと、私は言った。


 それで先程の罪悪感が少しぐらいは和らぐと信じて。


「お嬢様、リッカは本当に馬鹿です。だから、お嬢様がお怒りになるのも当然のことかと思います。リッカは寝る前にいつもお嬢様がどれだけ素晴らしいかを私に言ってきます。それも毎日です。いつも疲れているだろうに、それを毎日言ってくるんです。本当に、馬鹿だと思いませんか?」


 私は何も言わなかった。


「そしてリッカは――良く泣いています」


 私は信じられない言葉を聞いてしまった。


「働き始めるのは早くても16ぐらいからです。それなのに、リッカはまだ10歳です。それにもう、親もいません。頼るべき相手もおらず、寂しいのだろうと思います。リッカとしては、隠しているつもりですが、正直バレバレです。そして、知っていますか? リッカはいつも、お嬢様に会う前は鏡で身だしなみを整えたあと、頬を引っ張ったり、叩いて気合をいれているんです」


 それは――何故?


「お嬢様には笑顔しか見せたくないからです。リッカは本当にお嬢様のことが大好きなのです。そのプレゼントも、あの子が給金を前借りして買ったものなんですよ」


 私は、投げ飛ばしたプレゼントを手に取ると、その中を確認した。


 私が幾人の護衛をつけて街のお店を回った時、ひとつだけ手に取った物。いいなぁーと思いながらも、子供臭いと思い我慢して買わなかった。その時、リッカが隣にいた。それを覚えていたのだろう。


 だけどそんなのはもう、1か月以上も前の話だ。


 リッカは違う。違うのだと思った。


 父と母は私の欲しいものが分からないからたくさんのプレゼントを贈ってきた。


 だけど、リッカは違う。リッカは私の欲しいものを贈ってくれた。


「リッカは今、どこにいるの?」


 私の言葉に、ミオは笑った。




 リッカは自分の部屋にいた。


 ベットの端に額を当て、声を押し殺して泣いていた。


 私は彼女の名前を呼ぶ。


 リッカが振り向く。


 彼女は慌てて涙を拭い、必死に笑顔を作った。


 私は分かった。分かってしまった。いつも彼女は、必死に笑顔を作ってくれていたのだ。


 ――私のために。


 私はその場で泣き崩れてしまった。

 

 リッカは何も言わず、私を抱きしめてくれた。


 こんなどうしようもない私を、彼女は抱きしめてくれた。


 誰にもできないことを、彼女だけはしてくれた。

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