愛憎の守護神-1
龍二はベッドに転がり極道時代の頃を思い出していた。
(茉莉は元気にしているだろうか…。)
白鳥茉莉は龍二が唯一愛した女。
今すぐにでも会いに行きたいが、この榊原翼の自分になど気が付くはずがない。
初めて会ったのは、山辰組の組長・田辺と竹内の会談にお供した時であった。
山辰組の先代で初代組長の山田辰夫は3代目極東一家組長・岡田雄一と五分の盃をかわした親友にして右腕であり若頭まで務めた組織を支える中軸組織である。
岡田が最期に跡目を指名したのも山田であったが、山田自身も病床にあり、岡田の死からわずか半年でこの世を去った。
その後、山辰組を継いだのが若頭であった田辺義則である。
この頃、極東一家の組長は空位になっており、組長代理に山崎(現、一水会)、若頭に竹内(当時、竹内組・組長)であった。
次のトップを決めるデリケートな時期に、山崎派と竹内派という2つの派閥に分かれていた。
竹内を推す田辺が行きつけのクラブに誘ったのも、密談ではなくカタギの中で紛れることで死角をつくりたくない田辺の慎重さが見て取れる。
極東一家の中で最もイケイケだった山辰組。組長の死という危機を、中道路線に立て直した田辺の手腕が、今も組織の中で存在感を保っていられる大きな要因である。
そこで龍二は茉莉と出会った。
高級クラブのママとしては29歳と若く、しかし艶やかな容姿と落ち着いた物腰に、彼女目当ての客で繁盛していた。
「さあ、竹内さんの若衆も飲んでくれよ!」
田辺の一声で両組員がワイワイと羽目を外す。
そんな中、龍二は入り口に一番近い席に一人座りウーロン茶を啜りながら警護に集中していた。
「あら、お兄さんは飲まないの?」
そんな龍二に声をかけたのが茉莉だった。
「ああ、今は組の情勢が不安定だからな。あんたも承知だろ?」
不愛想に答える龍二。
「そうなの?そちらの世界はよくわからないわ。」
茉莉は笑顔で答えながら、龍二の隣に座る。
「おい、あんたはあっちのオヤジたちの席にいてくれ。
ママを独り占めしちまったらあとで俺が怒られちまう。」
龍二なりの気の使い方で柔らかい口調で茉莉を促す。
この時、龍二は茉莉が田辺の愛人だと決めつけていた。
だから顔を潰すようなことはできない。
「気にしないで、田辺の組長さんは若い女の子が好きなの。
それにほら、若い皆様もお楽しみのようだから。」
茉莉の目線の先には、クラブの女たちがやくざ者の相手をしっかり務めている。
「うちの黒服は、元武闘派の先代山辰の人だから安心して。
さあ、飲みましょう。」
茉莉はそういうと龍二の前にVSOPの水割りを手慣れた所作で鮮やかに作り置いた。
「いや、俺は…。」
戸惑う龍二。今日は酒など飲むつもりはなかったし、懐にはロシア製のハンドガン【トカレフ】が仕込まれている。タバコに火をつけて戸惑いをごまかす。
「私とじゃ飲めない?」
茉莉が艶やかな瞳で龍二に問う。
「いや、そんなわけじゃなくて…。」
「じゃあ、乾杯。」
茉莉は自分のグラスを龍二に向ける。
(いい女だ…。)
龍二は、自分の役目を諦め、グラスを持ち茉莉のグラスにカチンと軽く合わせる。
これまで龍二は吐いて捨てるほどの女を抱いてきた。
しかしそれに愛はなく、ただの性的処理に過ぎず、同じ女は二度と抱かないとのポリシーもあった。自分と深くかかわると危険が及ぶ。
だから二度目に会うことは避けてきたのだ。
しかし、茉莉に対しては今まで感じたことのない不思議な感覚を覚えた。
ミステリアスでいて超絶な美人。
この女をもっと知りたい。
龍二の中で、初めて生まれた感情であった。




