龍の翼-14
そしてもうひとつ。榊原翼との記憶の共有部分である。
龍二はこれまで勉強などしたことがない。
しかし、数学の方程式などの象形文字にしか見えなかった数字の羅列を理解できるのである。
人格は龍二。だが榊原翼の記憶のかけらが慣れないカタギの暮らしを補正してくれる。箸の持ち方も正しくなっている。
なによりもタバコと酒への欲求がない。
これは榊原翼の残した記憶の遺産である。
彼がこれまでの人生がまだこの頭に残っていると龍二は感じた。
龍二は榊原翼と真剣に向き合う覚悟を決めた。
それが自分の新しい人生の意味を知る唯一の方法である。
幸いこの学校で榊原翼に興味を持つ者はいない。
これは言いかえれば、誰にも干渉されずに榊原翼の過去の探求に没頭できるということである。
(俺がなぜ榊原翼に導かれたのか。この記憶の底に埋まっているはずだ。)
これは榊原翼の記憶の最深部に眠る真実を見つける戦いなのだ。
そのためには榊原翼という人間を演じなくてはならない。
言語障害がこんなところで役に立つとは思わなかった。
言葉を発すれば龍二の口調になるだろう。
さらに言葉の話せない人間に喋りかけるお人よしなどこの学校にはいない。
ボロを出さぬよう目立たず、さらに空気のように場に溶け込み生活していくのだ。
龍二はそんな事を考えながら下校していた。
美佐子のお節介を振り切り、ここ数日は徒歩で通学している。
商店街の賑わいが懐かしい。
といっても、龍二の場合は夜の繁華街の賑わいの方だが、この状況は人にまみれて歩く自分に生きているという実感を与えてくれる。
(ともに生きるか?榊原翼?)
頭の中に残る榊原翼に龍二は話しかけていた。




