99.奈津子の話 37
翌朝、ヒイロは一人で早朝に隣の領地へ発ったと聞かされた。ローズはマダムに呼ばれているようだった。私は暇を持て余し一人で庭を散歩していた。
しかし真夏なので当然だが外は暑い。とにかく日陰とゆっくりできる場所を求めてうろうろしていると、昨日行った訓練場が見えた。行くところもないので近づいてみると、一人剣を振っているの紫の長髪の男が見えた。
「パプル、こんな所でなにしてんの?」
「・・・ナツコこそ。俺はたまには体を動かさないと鈍るからね。ちょっとした訓練だよ。」
パプルはそういうとまた剣を振り始めた。
「パプルって魔法の方が強いんじゃなかたっけ。」
「まあね。でも筋肉もないと女の子にモテないだろ?」
パプルは全く手を止めずに答えた。確かに多少の筋肉があった方がモテるに違いない。
しばらく黙って見ているとパプルは手を止めて汗を拭った。
「・・・カッコ悪いっておもってるんだろ。」
「え、思ってないよ。」
汗を流して剣を振るパプルはスチルになりそうな程かっこよかった。
「昨日のことだよ・・・あんな風に突っかかってさ。俺だってそう思うよ。」
「ああ、確かに。お見舞いに行かせろってごねるのはカッコ悪かったね。」
私がそういうとパプルは苦笑した。
「ごめん。」
「私以外の人たちに謝りなよ。私が一番関係ないよ。」
「・・・ナツコのそういうとこ、すごく楽で助かる。」
パプルがこちらを見て笑った。白い歯が眩しい。なんだこれ、フラグか?
「・・・私には惚れないでよね。」
パプルは目を丸くした後大声で笑いだした。
「惚れねーよ! お前賢いくせに馬鹿だよな。」
笑っているパプルを見ていると安心した。本当は悪い奴じゃない筈なんだ。
「ねえパプル。最近私の周りで恋の病が流行ってるみたいなんだけど。」
「ん? うーん、返事に困るな。」
「みんながちょっとずつ変わってくみたいで正直ちょっと戸惑ってる。でもたぶん、仕方ないことなんだよね?」
「まあ、お年頃だからな。仕方ないんじゃないの。」
パプルがちょっと投げやりに返事したので言い換えてみた。
「人間的成長のためには仕方ないんでしょうか、先生。」
「誰が先生だ・・・カッコ悪いってわかってても、こんなことしても何にもならないってわかってても止められないときがある。確かに病かもな。」
「大変そうだね。」
「他人事かよ。」
「他人事だよ。私にはわかんないもん。」
「・・・ふーん。」
パプルは意味ありげに私を見たが無視することにした。
「今のパプルっておもちゃが手に入らなくて駄々こねてる子どもみたい。」
「あのさ・・・俺も一応傷つくんだけど。」
「でも本当はもっとカッコいいと思うよ。」
「褒めたり貶したり忙しい奴だな。」
「うん・・・素敵な恋のアドバイスをしようかと思ったけど、やっぱ私には向いてなかった。」
てへっと笑うとパプルは苦笑した。
「ありがとよ。まあ確かに最近の俺は子供っぽかったかもな・・・。」
パプルは遠い目をしている。
「うん。貴族の矜持はカッコつけることだって本にも書いてた。」
「基本にかえれってことか・・・よし! やっぱ筋肉だな。ナツコも一緒に剣振ってみるか?」
「私は結構です。頭脳派なので。」
「ヒョロヒョロしてるもんな。ローズはああ見えて意外と筋肉あるぞ?」
「・・・なんであなたがそれを知ってるんですかねぇ。」
「たまたまだよ! ちょっと二の腕触ったことがあるだけだよ。・・・もう! いいからナツコも剣振れよ!」
「なんで私が・・・」
「鍛えてやるから! ほら!」
嫌だ嫌だと騒いでいると、いつの間にかひどく冷めた目をしたタロがこちらを見ていた。
「タロ! ちょうど良かった。パプルがタロと試合したいって!」
「言ってねーし・・・でもタロも訓練しにきたんだよな。ちょうどいいから練習するか? 色んな人と戦っといた方が身になるぞ。」
私はこれ幸いと訓練場の隅の椅子に座って二人を見守ることにした。
体の前で剣を構えじりじりと近寄るパプルに対し、タロは剣を上段に構えたり下段に構えたり突こうとしてみたり忙しい。
「タロ、なんで腕そんなグニグニさせて剣振るの? 腕痛めない?」
「トリッキーにしないと勝てない相手がいるから・・・」
「まだ十四なんだから正統派の剣を修めてから応用でトリッキーにした方がいいと思うよ。どうせ相手ヒイロだろ?」
「違う。アダール・ドーナー先生だよ。」
「それって・・・国最強って言われてる人じゃねーか。相当あっちが歳取ってよぼよぼになるの待つしかないんじゃね?」
タロはムッとした顔をしてパプルに切りかかった。刃を落とした剣なので切れないがあたるとそれなりに痛そうだ。パプルはひらりと躱してニヤっと笑った。
なんだかんだと面倒見よくパプルはタロの相手をしていた。ちょっと劣勢になると土魔法を使うのはどうかと思ったが、実戦形式ならそういうものなのかもしれない。
「あー疲れた。」
パプルはそういうと土の上に座り込んだ。
「腹減った。」
タロも座り込んでボソっと言った。
「お疲れ。休憩も取らずによくやるねぇ。」
私は日傘を回しながら二人の近くにしゃがみこんだ。日傘は二人の練習をぼんやり見ているとメイドさんが渡してくれたものだ。日陰にいたのに。一緒に冷たいお茶まで用意してくれてなかなか優雅に過ごすことができた。二人もいつの間にか渡されたお茶を一気飲みしている。
「ひょっとして魔法使わなかったらタロの方が強いんじゃないの?」
「使えるもんは使うだろ。」
パプルが不機嫌そうに言った。図星なんだろう。
「俺は・・・魔法苦手だから。」
タロが少し悔しそうに言った。
「ヒイロも得意ではないよな。使えるだけ凄いけど。元々ソード家は剣で武功建てた家だろ?」
「でもあの人に勝つには魔法も使わないと・・・」
「焦るなよ。来年学園に来るんだろ? またやろうぜ。」
タロは目を一度伏せた後、上目遣いでパプルを見て言った。
「・・・行った方がいいと思う?」
「王立学園に? そりゃ行った方がいいよ。家によって戦い方って全然違うから。強くなりたいならちゃんと通った方がいい。」
なんだかほのぼのとするやり取りだ。ヤンキーを諭す兄ちゃん的な。
タロは理由をはっきり言わなかったが領地を長期間離れるのに抵抗があるらしい。同じく領地から出ないという兄の婚約者に会えなくなるからだろうか。こういう考えって下世話だろうか。
その後それぞれの部屋に戻り、私はシャワーを浴びて部屋で昼食を取った後、することがないので昼寝したら夜になっていた。何もしてないのに。
夕食の席には先程帰ったばかりというヒイロがいて、婚約者は思ったより元気そうだったと言った。
「突然手土産もなしに伺って大丈夫だった? ちゃんとあちらにご挨拶してくれた?」
マダムが心配そうに言うとヒイロは苦笑した。
「もちろん。あとちゃんと手土産として花を持っていきました。喜んでくれましたよ。」
タロも数日前花を持って行った筈だ。兄弟それぞれから花を貰うってどんな気持ちだろう。並べて飾ったりするんだろうか。
「修羅場・・・」
うっかり口に出して呟いてしまい、隣のローズが怪訝な顔をした。
パプルは昨日とは違い穏やかな表情で会話に参加していた。タロもパプルにはそれなりに返事をするようになっていた。今日の練習で親睦は深まったらしい。私はぼんやりと昼寝し過ぎて寝られる気がしないなぁと考えていた。平和なのはいいことだ。




