96.奈津子の話 34
次の日みんなで朝食を取り十分に休憩した後、私たちは訓練場へ向かった。そこは屋根があるだけの大きな吹き抜けの場所だった。天井も高く魔法を使っても問題なさそうだ。
「タロ、帰ってたのか。」
パプルの声に軽く息を弾ませたタロがこちらを睨む。手には剣を持っていて、どうやら一人で訓練していたらしい。
タロは無言のままどこかへ行こうとしたが、ローズに引き留められた。
「さっきチラッと見えたんだけど、タロの剣って変わってるね。まるで踊ってるみたいだった。もう一回ちゃんと見せてほしいな!」
ローズのキラキラした笑顔にタロは困ったような顔をしてチラリとヒイロを見た。それを見たのかパプルが唐突に言った。
「折角だからヒイロと模擬戦闘でもやれば? 久しぶりなんじゃなの、兄弟対決。」
「え、私別に戦って欲しいなんて言ってないけど・・・」
「いいじゃん、お兄ちゃんはまだ小さい弟には負ける気がしないんだろ?」
パプルはニヤニヤと兄弟を煽った。ちょっと色々拗らせてるなあ。
「いいよ。やろうよ。」
タロがむっとしたように言った。少年は単純だ。ヒイロは躊躇っていたがパプルに剣を持たされ渋々タロと向かい合った。
タロの剣はまるで踊っているようだった。体をくるくると回転させながら近づいて切りつけすぐに離れるを繰り返した。一方ヒイロの方は剣道に似ていた。同じ兄弟でこうも戦い方が違うとは。
勝負はギリギリのところでタロが勝った。
タロの剣で激しく打たれた腕をさすりながらヒイロは顔をしかめている。
「タロの剣ってやっぱり変わってるね! 学園でも見たことない。それって独学?」
空気を変えるようなローズの明るい声にタロは少し表情を緩めた。
「まあね。」
「すごーい! 常に動いてるから魔法も当てにくそう。」
「当たらないよ。」
タロは得意そうに言った。私はハラハラしながらそれを見ていた。頼むからローズに惚れてくれるなよ少年。話がややこしくなるから。
「じゃあ次はタロとローズの対決かな?」
パプルがニヤニヤと言った。
「は? 女と戦うわけないだろ。」
タロはすぐに不機嫌な顔に戻ってしまった。
「うーんでも私結構強いよ? 魔法使いと戦ったことある?」
「・・・あんた、魔法使えんの?」
タロはローズを疑わしげに見た。ローズが頷くと少し動揺しているようだった。そう言えば女は日傘がないと外を歩けないとか言っていたし、女性に対する思い込みが激しいのだろう。
ローズは半ば強引にタロを構えさせ、少し離れたところで向かい合った。
「いつでもかかってきていいよー」
ローズは暢気な声で言ったが、タロはまだ戸惑っているようでかかっていく気配はなかった。
「じゃあこっちからね。」
ローズがそう言って手を前に出すと、すごい強風がタロに向かって吹き抜けた。タロの足がよろける。
「なんにもしないで負けてもいいの?」
ローズはそう言うとまた手を前に出した。途端にタロがせき込んで膝をついた。どうやら強い風で胸を殴ったらしい。しばらくして顔を上げたタロはさっきまでとは違う真剣な顔つきになっていた。
剣を構えながらじりじりとローズに近づく。そして剣を上段に構えた瞬間空中に持ち上げられていた。
「おい! おろせ!」
タロは空中で無茶苦茶に暴れている。
「はーい、これで私の勝ちー。」
ローズはそう言うと手を下げてタロを地面に転がした。
「俺に何したんだ!」
「風魔法だよ。近づかれる前に空中に持ち上げちゃえば剣なんか意味ないよ。」
ローズがにこにこと言った。
「そんなの! ずっと持ち上げてはおけないんだろ? だったら魔力が尽きるまで待てばいい。」
ローズはタロの近くに行くと、しゃがみこんで低い声で言った。
「あのさ、風魔法ってそんなに優しくないよ。開始してすぐ胴体を半分にすることも出来たんだよ?」
ローズの言葉にタロが怯む。
「病弱な女の子もいれば、あなたより強い女の子もいる。すごく賢い子もいれば馬鹿な子もいる。 女だからってみんな同じだとは考えない方がいい。」
タロが目を反らして言った。
「そんなこと、わかってる・・・」
「わかってないよ。タロの世界は狭すぎる。王都においでよ。びっくりするぐらい色んな人がいるから。」
ローズはそう言って微笑むと立ち上がった。
「じゃ、私汗かいちゃったから部屋戻るね。みんなは訓練頑張ってー」
そう言って屋敷に戻ろうとするローズに私も慌ててついていった。この空間に取り残されるのはごめんだ。




