91.奈津子の話㉙
翌朝また馬車に乗り何度も休憩しながら昼過ぎにヒイロの領地についた。私の地元より人は多いが、王都に比べれば完全に田舎だ。村中のあちらこちらから微かに鉄を打つ音が聞こえた。
「田舎だからみんな広々と土地を使ってるんだ。」
ヒイロはそう言って肩をすくめた。
二日かけてたどり着いたヒイロの実家は石造りの大きなお屋敷だった。
「夕食まで時間があるからそれまでゆっくりして。夕食時に両親に紹介するから一応盛装してもらえると助かる。」
そう言って案内された部屋は豪奢で大きな部屋だった。石造りのせいか外よりも五度は気温が低く感じる。貴族がなぜ夏になると一斉に領地に戻るのか分かった気がした。
とりあえずシャワーを浴びて部屋着を着てみた。髪は乾かす時間がないので洗っていない。さすがにお下げはまずいだろう。以前は髪も化粧も寮母さんがしてくれたが、ここにはいない。おまけに化粧道具すらない。
「困ったな・・・」
一人呟いていると、ドアがノックされローズが入ってきた。もちろんここでも部屋は隣だ。
「ナツコ、準備は・・・って全くしてないじゃない。」
「シャワーは浴びたよ。」
「じゃあなんでドレス着てないの?」
「まだ早いし皺になっても嫌だし・・・」
ローズは一瞬なるほどといった顔をした。ローズはすでにドレスに着替えて髪をまとめ、化粧までしている。
結局その後ローズに髪を結ってもらい軽く化粧もしてもらった。
「そのドレスいいよね。ナツコに似合ってる。」
鏡の中の私は髪をハーフアップに結い、以前ヒイロからプレゼントされた紺のドレスを着ている。ローズはパプルにもらった紫のドレスだ。お色直しした華やかな花嫁と地味な友人の参列者に見える。泣いてない。
お互いの似合う口紅の色や髪型について話しているうちにあっという間に食事の時間になった。
廊下に出ると少し離れた所に盛装したヒイロとパプルが立っていた。歩いて近づくにつれ二人がローズしか見ていないことがわかる。
「とても奇麗だね。」
パプルがローズを見ながら言った。
「すごく奇麗だ。・・・二人とも。」
ヒイロは一応フォローしたが視線はローズから外さない。私なんでここまで来たんだろう。
しばらく食事の場所へ案内してくれるのを待ったが、男二人は一向に歩き出そうとしなかった。どうやら無言でどちらがローズをエスコートするかをけん制しあっているらしい。しばらく待ったが馬鹿馬鹿しくなって、私がローズと腕を組んでみた。ローズの肩にしな垂れかかりながら二人を見上げて言った。
「食事の場所まで案内して下さる?」
二人はぎょっとしたように私を見たが、ヒイロは我に返ったのかすぐ無言で頷くと先を歩き始めた。私はローズの腕を話そうとしたが、ローズが悪戯っぽく微笑んで離さなかったのでそのまま歩くことにした。パプルがヒイロに俺たちも腕組んでみるかと聞いていたが無視されていた。
食事室にはすでにヒイロの弟がきていた。くすんだ赤毛でまだ顔つきは子供だがきっと女泣かせになるであろう顔だった。身長もまだ私とかわらないぐらいだが成長期だろうしきっと大きくなるだろう。成長が楽しみだ。
その後ヒイロの両親にも紹介され和やかに食事が始まった。ヒイロ父は厳めしい軍人のような顔つきで、ヒイロ母は赤髪の美人だった。ヒイロはお母さん似なんだろう。
「こんなに可愛らしいお嬢さんが二人も来てくれるなんて嬉しいわ。うちは男ばっかりでつまらないの。是非明日一緒にお茶をしましょうね。」
ニコニコしながら言われ私とローズは頷いた。貴族によっては平民と一緒の食卓を囲むなんてという人もいるが、こちらはそうではないらしい。
主にヒイロ母が話をし、それに誰かが相槌を打つという感じで食事は終わった。弟のタロは一言も発しなかった。本来はこの後別室でお酒を飲んだりして過ごすらしいが、長旅で疲れているだろうとのことで部屋に帰ることになった。ヒイロが部屋まで案内してくれる。さっき歩いたばかりだからわかると思ったが、薄暗いのと似たような廊下が多く迷うかもしれないと思いなおした。
「あ、ひょっとしてこの化粧またシャワー浴びないと落ちない?」
「保湿クリームも持ってきてないの?」
「唇の乾燥用に蜜蝋ならある。」
「じゃあそれを体温で溶かして顔に塗って、布で拭えばいいよ。・・・なんだか眠くなってきちゃった。」
ローズがあくびをする。つられて私もあくびをした。ヒイロの咳払いが聞こえる。
「えっと・・・じゃあゆっくり休んで。明日の朝食は部屋で取ればいいから。おやすみ。」
生返事をして部屋に入りドレスをソファーに投げると適当に化粧を落として寝た。夢も見なかった。
翌朝起きて眼鏡をかけると、壁際にいたらしいメイドが音もなく近寄ってきた。ぎょっとして慌てていると爽やかに挨拶された。
「おはようございます。朝食をお持ちいたします。ベッドで食べられますか? それともあちらのソファーで食べられますか?」
「え? はい。ソファーで・・・」
メイドは優雅に一礼すると部屋を出て行った。状況がよくわからないが慌てて起きて普段着に着替える。着替えている最中に昨日着たドレスがないことに気が付いた。混乱しながらソファーで座って待っていると先程のメイドがワゴンを押しながら戻ってきた。
テーブルに次々と朝食が並べられていく。パン数種類、スクランブルエッグ、焼いたベーコンとソーセージ、紅茶とコーヒー、ジュースとフルーツ数種類・・・
「これ、一人分ですか?」
「はい。お好みがわからないので一通り用意いたしました。」
メイドが微笑む。ぎこちなく礼を言い、食べ始めると美味しくて止まらなくなった。結局たらふく食べ、紅茶もコーヒーもジュースも飲んでしまった。ちょっとはしたないかも知れない。
「あの、この辺に昨夜い着た服を置いていたと思うのですが。」
「はい。洗濯にまわしております。他にもございましたらお申し付けください。」
短く礼を言いパンを咀嚼しながら考えた。貴族の生活ってやつは・・・一度染まってしまうと抜け出せないかもしれない。
「この後奥様とお約束があると伺っております。時間になりましたらお迎えに上がります。」
一礼して出て行こうとするメイドを慌てて呼び止めて服装はこれでいいのかを聞いた。
「問題ありません。」
にこやかに言うとメイドは来た時と同じようにワゴンを押して出て行った。しばらく部屋の中の色々な引出しを開けてみたり、窓の外を見たりして過ごしたが、我慢できなくなり隣のローズの部屋をノックした。気の抜けた返事を聞いて部屋に入ると、ローズはソファーにもたれて眠っていたようだった。
「だって明け方部屋に人が入ってくる気配で目が覚めちゃって・・・聞いたら起きるまでいるっていうからさー、仕方なく起きてご飯食べて・・・眠い・・・」
どうやらメイドは客が起きるのをひたすら待っていたらしい。怖い。
「ところでクローゼットに服入ってなかった? あれ着ていいのかな?」
「ダメなんじゃないの? 人んちだし。」
「でもこの家に女の人はマダムだけって言ってたよ。あんな女物の服誰が着るの?」
知らなーいとローズは言って身を震わせた。
「しかし夏とは思えない寒さだね。うちなんて暑くて目が覚めるのに、別世界みたい。」
確かに涼しいを通り越して寒いぐらいの気温だった。辛うじて持ってきていた長袖のカーディガンがなければ途方に暮れていただろう。その後ローズは先にヒイロからこの寒さについて聞いたことに文句を言ったりしていると、メイドが迎えに来た。
「奥様がお待ちです。」




