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9.友情ものかもしれない

 当日私はかなりソワソワしていた。だってなっちゃんに会えるのだ。何から話そうか。じっとしていられないので、時間前からずっと玄関ホールでうろうろしていたら、父が呆れた顔で様子を見に来た。


「落ち着かないみたいだね」


「ええ、そうなんです。・・・お父様お仕事は?」


「今日は日曜だよ」


 そうなのか。学校がないので曜日の感覚がなかった。そういえばなっちゃんは今何をしているのだろう。仕事をしていたりするんだろうか。同い年の貴族ならさすがに学園で気がついたよね・・・いや、卒業パーティの日まで思い出してなかったのだから見てもわからなかった可能性もある。そもそも今どんな見た目なのかもわからないし・・・私とクマは割と前世と似たような顔だと思うけど、なっちゃんはどうなんだろう。


 父と執事が小声で話をしているのは見えていたが、私はそれどころじゃなかった。おそらくこの世界の言葉じゃない文字の手紙だったことは、父にも知らされているはずだ。釈明を求められている気がするが、なんせ今私はそれどころじゃない。


「来たようだよ」


 父の声にドアを凝視する。使用人があけたドアから入ってきたのはちゃんとなっちゃんだった。


 黒髪ロングのおさげに紺色の地味なワンピースに黒縁メガネ。今時そんな見た目の子漫画の世界にしかいないとさんざんからかったけどずっと平気な顔をしていた、あのなっちゃんだ。


 奈津子は私の顔を見ると笑ってひらひらと手を振った。貴族の挨拶じゃない、いつもの、私たちの挨拶。抱きつきたくなるのを我慢して私はゆっくり歩み寄った。


「よくお出でくださいました。お久しぶりですね。」


 ほとんど泣きそうな私と対照的に、奈津子は私の後ろにいる人をじっと見ていた。振り返ると父が笑顔で立っている。せんせい・・・と小さな声が聞こえた。え?


「初めましてナツコ嬢、アダール・ドーナーです。娘とは随分仲がいいようだね。」


 父に自己紹介させてしまった。慌てる私と対照的に、挑発的な声で奈津子が言い返した。


「ええ、私たちとても仲がいいんですの。ご存じのように。」


 父も奈津子も笑顔がなんだか怖い。なぜ私だけ展開についていけないのか。


「それは良かった。ゆっくりしていって下さい。」


 父は微笑むとその場を去った。私は混乱したまんま庭の東屋になっちゃんを案内した。


 昨日と同じくテーブルが華やかだ。黄色い花が多い気がするのは気のせいだろうか。少量の焼き菓子と熱い紅茶が置かれ、メイドが離れた場所まで下がると奈津子の態度が変わった。


「熊田は?」


「そのうち来ると思う。っていうかさっきの何? 先生って?」


「先生でしょ? 田中先生、英語の」


「は? お父様が?」


「うん、気がつかなかったの?」


 奈津子は首を傾げて私をみた。熱い紅茶はまだ飲めないらしい、猫舌だから。私の知ってるなっちゃんのまんまだ。


「もう、情報が多すぎてわけわかんない。とりあえず感動の再会からやりたいんだけど。」


 あははっとなっちゃんが笑った。口元を隠すことない、貴族じゃない笑い方。見てるだけで泣きそうだ。


「みっちゃん中身も変わってないねぇ、友達いなかったんだねぇ。」


 なぜそれを? そう思いながら感動の再会は付き合ってくれないのがわかった。そういえばお涙頂戴的な話を嫌っていた気がする。


「えっと、どこから話そうか・・・」


「・・・ちょうど熊田も来たみたいよ。どうせならまとめて話そう。」


 奈津子の声に目を向けると、クマが花の小道を通ってやってきた。なんかそんな歌があった気がする。イヤリングを落としたら拾ってくれるだろうか。


 新たな参加者が増えたのを気に、テーブルの上がお菓子と軽食でいっぱいになった。前回クマが全部平らげたのでよく食うやつ認定されたらしい。確かに貴族の集まりで食事が足りないのは恥だけど。


「え、お茶じゃなくてランチだったの?」


 奈津子が引き気味で言う。


「いや、クマ君用だと思う。」


 二人でクマを見るとなんだか戸惑った顔をしていた。


「まあ食うけど・・・それより、なんで中川がいるの?」


 あ、言ってなかった。


「まあいいじゃない」


 奈津子がようやく温くなったらしい紅茶を飲みながら言う。


「いや、よくないだろ。どこにいたの? 今まで。」


 それは私も知りたい!


「どこって・・・普通にこの辺で生活してたけど。」


「え、そうなの? 王都で? っていうか今いくつなの? 平民なんだよね? 今なにしてるの?」


「落ち着けよ吉田・・・」


「ハンダル領の農家の三女に生まれて、頭がよかったので王立学園に入って、一代貴族として役所で働いてる。」


「そんなに近くにいたの!?」


 役所ってことはうちの隣だ。すぐ隣になっちゃんが・・・


「待った、中川いまいくつ?」


「あんたたちより2つ上」


 あ、歳違うんだ。そうか、それでクマ君も知らなかったのか。


「ん? それを知ってるってことは、ひょっとして中川は前から俺たちのこと気付いてたの?」


「うん」


 なっちゃんはクッキーを齧っている。私は声が裏返りそうだった。


「なんで言ってくれなかったの!?」


「あんたには一度話しかけたよ。でも私の顔見てもなんの反応もなかったから。・・・熊田は興味なかったから。」


「おい・・・」


「いつ!?」


「あんたが入学してきたばっかりの時。通行の邪魔だったからどいてって言ったら素直にどいてくれたよ。ちゃんと目が合ってすみませんって言ってくれたのに気が付いてくれなかったなー。あれはショックだったなー。」


 全く覚えてない。クマは腕組みをしている。


「一年の時の三年か・・・ひょっとして生徒会にいた?」


「うん」


「あー、俺も記憶取り戻す前だから全然気が付いてなかったわ。なるほどなー」


 クマは一人で何かを納得しているが私にはさっぱりわからない。ただ気になることが多すぎる。


「えっと、なっちゃんはいつ前世のこと思い出したの?」


「子供の時から思い出してたよ。ただあまりにも世界が違うから、ただの夢の話だと思ってた。だけど大きくなるにつれて細部も思い出してさ、これは絶対に夢なんかじゃない、他にも私と同じような人がいるはずだ!って思って田舎から出てきたの。ただ単に田舎が嫌いだったっていうのもあるけど。」


「で、他にも前世が同じだった人に会った?」


 クマが割り込んできた。


「王都に出てきてからは何人か会ったよ。ただ近所に住んでたけど名前も知らない人とかさ、しゃべったこともないような人ばっかりだったから話しかけてはいない。っていうかさっきも会ったよ。」


「あ、お父様!」


「熊田も見た? あれ田中先生だよね?」


 クマがクッキーをむせた。汚い。


「田中・・・確かに田中だなぁ、あれ!」クマは慌てて紅茶を飲み干してから言った。「なんで気が付かなかったんだろう・・・」


「知ってるの?」


「? 英語の田中先生覚えてない? 一年の時の担任だよ?」


 言われてみればそんな先生がいた気がしてきたけど・・・あんな顔だっけ?


「イケメンで有名だったね、でも授業で妻子の話ばっかりしてた気がする。」


 それはなんとなく覚えてる。授業を始める前にいつもちょっとした世間話をする先生がいた。妻か子供の話が多かった気がする。


「いたような・・・」


「あんた人の顔覚えるの苦手だったもんねぇ。しかもあの感じだと向こうも前世の記憶あるみたね。」


 クマが驚く。


「マジで? 先生が?」


「マジで。あんた父親とはそういう話したことないの?」


「ない・・・っていうか私卒業パーティで思い出したばっかりだし」


 情報が多い。なんだか泣きたくなってきた。


「誰か話をまとめて・・・」


 顔を覆って言うとしばらく咀嚼音だけが聞こえた。ちらりと見ると奈津子もクマもクッキーなんかをもりもり食べていた。なんだろうこの温度差。


「じゃあ、前提として」なっちゃんが食べながら切り出した。


「ここはみっちゃんが作った世界だよね」


「・・・もうちょっと手前からお願いします」


「それは俺もちょっとわからん。どういう意味?」


「うん?・・・えっと、みっちゃんが死ぬ前にゲーム会社で働いてたことは覚えてる?」


「え? 私働いてたの?」


「そっからか・・・大学は卒業したけどせずにフリーターしてたじゃない?」


「覚えてないけどそうなんだ。」


「うん、話進まないから続けるよ? あのアプリゲームの会社で泣きながらシナリオかいてたのは・・・思い出しても可哀そうだから思い出さなくていいかも。」


 それは確かに思い出しても楽しい気分にはならならさそうだ。


「つまりここは、吉田が作ったゲームの世界ってこと?」


 クマが割り込んだ。


「正確には最初の設定とかキャラとかはメインのシナリオライターが作ったらしいけど、会社と喧嘩して途中でいなくなっちゃったんだって。それでただの事務員だったみっちゃんがお鉢が回ってきたらしいよ。」


「え? そんな無茶苦茶な話あるか?」


「私も聞いたときそう思ったけど・・・実際みっちゃんから何度も死にそうな声で電話かかってきてたしねぇ・・・」


 (ねえなっちゃん!なっちゃん乙女ゲーム詳しいよね!攻略対象の人気を上げろって言われてるんだけど、どうしたらいいと思う?かっこいいって何?ギャップ萌えってなんなの!?)


「思い出した・・・」


 私は頭を抱えて机にうつ伏した。もう行儀がどうとかどうでもいい。


「私、ただのバイトだったのに、なぜかシナリオ書いてた。なんか人がいないからとかちょっとだけだからとか言われて・・・」


「・・・おばさんが連絡くれたんだよ、お葬式の。一応事故ってことになってるけど、実際はどうだかわからないって言ってた。」


 前世の両親を思い出して胸が痛んだ。


「それ、幾つぐらいの時の話?」


「24歳だったよ」


 若いなぁ・・・でもあの時は自分が若いなんて思えなかったなぁ。


「・・・あの、割り込んで悪いんだけど、俺が死んだのも24.5歳の時なんだよね。これって偶然かな? 中川はどうだったの?」


「あー私もすぐその後に死んだっぽい。というか私はなんで死んだのかよくわからなくって。正直前世の私が見てる夢なんじゃないかって気持ちもある。」


 ーーー新たなヒロイン候補か?


「え、夢落ち?」クマが苦笑した。


「それはないと思いつつも、心のどこかで疑いが捨てきれない。」


 奈津子も苦笑した。


「とはいえ、ここがみっちゃんが書いてたゲームだと思ったのは王都に出てきてからなんだよね。王立学園に通うようになって生徒会メンバーの顔見て、なんか派手な顔だなぁって。私みっちゃんのゲームプレイしてないからさ、細かいことはよくわからなんだけど。生徒会メンバーが一人の女を取り合ってるの見て確信したというか・・・その生徒会メンバーの話書いてた人がいなくなって、見よう見まねでなっちゃんが新しい追加シナリオ書いたけど、どんどん課金額が落ちたって相談されてた。それでテコ入れで生徒会の弟たちの話を追加したって。私はそっちの方なら覚えてたから。」


「弟・・・シャルルとタロか」


 私が呟くとなっちゃんは肩をすくめた。「ちなみに私はモブだったわ」


「えっと、吉田はそのゲームのシナリオ覚えてんの?。」


 クマが心配そうな顔で私の顔を覗き込んだ。


「・・・大まかな流れは、平民だけどすごい魔力が強い女の子が王立学園に入学して、王子様みたいな生徒会メンバーを落としていくだけの話。私が書いたイベントはすごく評判悪かったから、キャラを増やせって言われて番外編みたいな感じで弟組と新しいヒロインの話を書いたと思う。これも評判悪かったけど・・・」


「ごめん吉田。辛いこと聞いて。」


「みっちゃん顔色悪い。大丈夫?」


 なっちゃんがテーブル越しに私の手を握った。その手の温かさにほっとする。


「ほんと、思い出しても楽しくなかった。」


 へへっと笑って見せたが、二人の心配そうな顔は晴れなかった。


「今日は曇ってて少し寒いね、室内に移動しましょう?」


 私はそう言って返事を聞かずに立ち上がった。なぜかひどく寒かった。


 屋敷に入り向かい合わせのソファーに座った。私の隣は奈津子、向いはクマ。メイドに頼んで温かいハーブティーを淹れてもらうと少しずつ体が温まってきた。人払いをして部屋の中には3人しかいないが、窓もドアも少し開けられている。奈津子もいるのに。 


「みっちゃん顔色良くなった。」


 奈津子が横で笑う。距離が近い、でもあの頃はいつもこの距離だった。二人で顔を見合わせて笑っていると、クマが申し訳なさそうに切り出した。


「あー元気になったところで、さっきの続きをしたいんだけど・・・ごめん、俺あんまり時間なくてさ。」


「そうなの?」奈津子が首を傾げる。


「お嬢様方と違って平民は忙しいもので」


「なんの嫌味よ。さっき私農家の三女って言ったでしょ。」


「でも今は一代貴族だろ? 俺はまだ平民なの!」


「あ、試験前か。あんなのわかんなかったら試験官が教えてくれるよ」


「そうなの!?」


「ただ仕事中に飛び交う名前ばっかだからねぇ・・・覚えてるに越したことはない。」


 結局覚えるんじゃないかとクマが小声で文句を言っている。


「それだけじゃなくて、貴族社会のルールとかも色々教えてもらうことになってんの。やること一杯あるんだよ。」


「それならうちでお教えするわ。うちのお母様はそういうの得意だし、私もたまに同席してたから大丈夫よ。」


 私がにっこり微笑むと、なぜか二人は沈黙した。


「・・・貴族っぽい子がいる」「貴族だな・・・そういえば貴族だったな」


 クマが咳払いした。


「いや、すでに教えてもらう相手が決まってるから・・・」


「あそこの教会関係だったらどうせお母様のお友達でしょうし、問題ないわ。というかこの状態で一抜けとかありえないでしょ。」


「そっちが本音かよ」


「お貴族様こわーい」


 なんとでも言うがいい。


「とにかく!私はたぶんまだ思い出せてないことが一杯あるのよ。こんなんじゃ・・・何も手につかないよ。」


 奈津子が私の肩を抱いた。


「そうだね。私もわかってないことあるし、ここが一体どんな世界なのか、なんで私たちはここに集まったのか、一緒に考えよう。」

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