87.奈津子の話㉕
なんとなく話が途切れて、今更ながら外の寒さに気づいて腕をさすった。まだ春なので夜は寒い。ノースリーブで長時間居られる気温ではない。
「あ、ごめんね、はい。」
クロは自分のジャケットを脱いで肩にかけてくれたのでありがたく借りることにした。体温が残っていてあたたかい。
「ありがとうございます。えっと・・・今ってパプルルートなんですか?」
「だって紫のドレス着てたし。前に好感度見た時はパプルとヒイロの好感度が同じぐらいだったんだけどな。魔力の数値高いからやっぱパプルの方が有利みたいね。」
「好感度が目に見えるんですか?」
「そりゃチュートリアルのキャラだもん。定期的にヒロインの前に現れて恋のアドバイスもするし、意味深な予言とかもする。」
「はあ・・・」
私と似たような人に会えたかと思ったら全く違うようだ。
「えーと・・・私個人としてはローズは適当な貴族とくっついて欲しいんですけど、どうしたらいいと思います?」
「自分がくっつきたいんじゃなくて? ローズにくっついて欲しいの?」
「はい。私はたぶん何とかなるので。」
クロは感心したように頷いた。
「へー、ひょっとしてチートとか持ってるの? このゲームって後から設定がどんどん追加されるから、あたしが把握できてないシナリオも多分あるんだよね。一時期シナリオ読破率96%までいったのが自慢なんだけど、新カードとかイベントとかでどんどん下がっちゃうからどんどん課金して・・・ってこの話はいいか。でもあたしが死んだ後もたぶんゲームが続く限りシナリオは増え続けてるから、あたしも全部を知ってるわけじゃないんだよねー。」
「クロさんって死んだときの記憶あるんですか?」
「ない。でもここが夢の中じゃないかって思うには時間が立ち過ぎた。前世の日本人としてのあたしは死んでるし、この世界も色々でたらめだけど確かに存在してるって思う。」
クロの言葉に私は頷いた。全面的に同意だ。昔の自分はもう存在していないだろうし、ここは現実に今生きているリアルな世界だ。
「・・・私にチートはありません。でも前世の一般知識とか、勉強の仕方を知ってるってだけで十分この世界で生きていけると思ってます。でも流石にそれだけじゃローズを幸せにするのは難しいと思うから。」
クロの顔を見つめて言い切ると、クロは口笛を吹き笑いながら私の肩をバンバン叩いた。
「男前だー。かっこいい! あんた気に入ったわ!」
「そりゃどうも・・・」
「いいね! このゲーム女友達要素ゼロなんだよね。いい追加シナリオだわ! あたしあんたを応援する!」
クロはこぶしを握っているが、別に私は応援しなくていい。
「じゃあローズが幸せになる方法について一緒に考えてください。パプルかヒイロを狙ったらいいですか? 絶対間違えちゃいけないイベントとかあります?」
「うーん、今のところいい感じに進んでると思うよー。ちょっと危なそうだった後期試験はちゃんと手助けアイテムあげたでしょ?」
「そうなんですか?」
「”気難しい先生の本”だったかな。ブルウからローズに渡るようにしたんだけど、知らない?」
「・・・ブルウが持ってきた謎の本ですかね。確か知らない先生から借りたって言ってたような・・・クロさんって先生なんですか?」
「うん。授業なんかしたことないけど、一応先生ってことになってる。」
「はあ・・・」
「しかしてその正体は! この国の王子でした!」
「はあ・・・」
クロはケケっと笑っているが、どこまで本気なのかわからない。私の知る限りこの国の王子は一人しかいない筈だけど。確かすぐそこで開会宣言するとかなんとか。
「信じてないでしょ? まあ国王とメイドの間にできた隠し子だからね。おとーちゃんが一生懸命かばってくれて、王城の庭に隠れて住んでた人生でした。」
「はあ・・・」
真意を測りかねて私はあいまいに頷いた。
「だってキャラだもん、設定盛り盛りよ? あっちのおにーちゃんが結婚して子供ができた途端に家追い出されて学園に閉じ込められたの。先生って名目で一生お金は入ってくるから好きにしろってね。今は学園が用意した家に住んで何不自由のない暮らししてるよ。暇だから学園うろうろしてるけど。」
「はあ・・・」
言葉が上手く出てこない。おそらく言っていることは本当なんだろうが、それはそれとして上手な相槌が思いつかない。
「ほんとだってば。あ! 証拠!」
クロはそう言うと目にかかっている前髪をかき上げた。なかなかスッキリとした男前だ。だが意味がわからず首を傾げていると、がっかりしたように手を下した。
「そっかぁ・・・あたしより年下じゃ国王の若い時の顔なんか知らないか・・・そっくりらしいんだけど。」
「いえ、そもそも私国王陛下の顔見たことないので。田舎出身の平民なので。」
それから少し私の身の上話をした。後ろの会場からはいつの間にか音楽が聞こえていた。
「魔法使えないって不便そうねー、あたしもう使えなかった時のこと思い出せないよ。」
クロは腕を組んですっかり暗くなった庭を見つめた。もう完全に女子と話している気分だったが、見た目はどう見たって男なので不思議な感じだ。
「・・・そろそろここにも人が来るから行かなくちゃいけないんだけど、なんだっけ? ヒロインがハッピーエンドを迎える方法だっけ? とりあえず勉強と魔法のパラメータ上げしてればいいと思うよ。ローズを動かしてるプレイヤーがいるかどうかはわかんないけど、ほっといても勝手に恋愛ゲームしようとしてるみたいだし、大丈夫だと思う。」
クロは早口でそう言うと立ち上がった。慌てて借りていた上着を脱いでクロに渡す。
「ありがと。じゃ、そのうち学園でね。」
クロは微笑むと上着を着ながら会場に戻っていった。同時に冷たい風が吹いてきて身を縮めた。こんな所に居たら風邪を引いてしまう。慌てて立ち上がると同時にパーティ会場からテラスに人が出てきた。心なしか音楽も大きくなった気がする。ひょっとしたらクロは何かの魔法を使っていたのかもしれないなと思いながら私も会場へ戻った。
会場は先程よりも人が多くなっており空気も生温かった。音楽はなり続けているが踊っている人は少なく、殆どの人は誰かと話をしているようだった。
「ナツコ!」
人ごみの中からローズが出てきて私に抱きついてきた。
「探したんだよ。どこ行ってたの?」
「ちょっと知り合いと話してた。」
ローズが何か言おうとしたがそれを遮るようにヒイロがやってきて言った。
「ナツコ、どこにいたの? ずっと探してたのに。」
後ろからパプルとブルウもやってきた。ブルウの横には見たことのない女の子がいた。
「みんな探してくれてたんだ。ごめんね。ちょっと テラスの方とか行ってたからわかりにくかったのかも。」
心配したんだよというローズに謝りながら、私はブルウの横にいる女の子が気になって仕方がなかった。すると私の視線に気が付いたらしいブルウが紹介してくれた。婚約者だという。
ブルウによく似た金髪に青い目の女の子は、ブルウと並ぶとまるで兄妹のようだった。私はキチンと笑顔を作り、礼儀正しく挨拶をした。と思う。
「ナツコ? 顔赤いよ?」
ローズが私の顔を覗き込んで言った。
「そう? こういう場所初めてだからちょっと疲れちゃって。」
なんだか悪寒がする。風邪をひいたのかもしれない。
パーティはもう中盤を過ぎていたらしく、そのままヒイロが送って行ってくれることになった。帰りの馬車の中でヒイロがポツリと言った。
「ナツコはブルウのことが好きなんだね。あの婚約者の子、四月から入学してくるけど大丈夫?」
「大丈夫に決まってる・・・」
時間が立つにつれどんどん寒くなってきた。これはもう間違いなく風邪だ。
「僕もね、自分の気持ちに向き合ってみることにしたよ。」
ヒイロは続けてなにか話していたが、もう私はほぼ聞いていなかった。喉も痛い。頭も痛い。
フラフラの状態で寮にたどり着くと、私は崩れ落ちるように眠った。
風邪が完全に治るまで一週間かかった。眠っている間沢山の夢を見て、風邪が治った頃にはクロと会ったことが本当かどうかよくわからなくなっていた。




