86.奈津子の話㉔
ヒイロにエスコートされて場内に入った。昼間かと思うほど明るく煌びやかな会場に圧倒される。なんだか知らないがあちこちがキラキラしている、さすが王城。
キョロキョロしているとヒイロに耳元で囁かれた。
「ナツコ、あんまりキョロキョロしないで。あと背筋伸ばして。」
慌てて背筋を伸ばしてぎこちなく微笑んでみた。こんな所には向いていないことを痛烈に実感する。ドレスが地味でよかった。このまま壁紙になりたい。
「僕は最初の挨拶があるから行かないといけないんだけど・・・一人で大丈夫? 一緒に来る?」
ヒイロの言葉に慌てて首を振った。構わないで欲しい。私は今から空気になる予定だし。
ブルウもどこかにいるから一緒に居たらいいと言ってヒイロはどこかへ消えてしまった。どうしようかと考えていると遠くにピンクの髪が見えた。横にいる紫の長髪はパプルだろう。声をかけようとそちらへ歩いていると、すれ違った男の人の呟きが聞こえた。
「え、パプルルートなの?」
久しぶりに聞く日本語に思わず手を伸ばしてその人の腕を掴んでしまった。
「えっと・・・何か?」
その人は戸惑った顔でこちらを見るが、驚いたのはこっちだ。
「今の、日本語でしたよね。」
やんわりと否定しようとする言葉を遮って私は更に問いかけた。
「しかもパプルルートって何!? あなた何を知ってるの?」
思ったより大きな声で言ってしまい、数人がこちらを振り向いた。男性は困ったように笑って「少し移動しよう」と小さな声で言った。日本語で。
男性に着いていくと会場から外へと続くテラスまで出てしまった。会場より薄暗いが所々に椅子やソファーが置いてあり、休憩に使う場所のようだ。手招きされて会場から近い場所のソファーに座った。まだパーティが始まっていないせいか、辺りには誰もいなかった。
「えっと・・・どこから話せばいいのかな。日本語喋ってるってことは日本人だよね?」
男性はもじゃもじゃした髪が目にかかっていて表情が読めない。だが二十代前半ぐらいで身なりもキチンとしたタキシードだ。おそらく貴族だろうと思った。
「はい。日本人だった頃の記憶があります。あれって前世ですよね?」
「前世だろうね。あんまりそこら辺はあたしもわかんないけど。」
あたしという言葉遣いに違和感を覚えたがとりあえずスルーする。聞きたいことは山ほどあるのだ。
「さっきパプルルートって仰ってましたけど、やっぱりここって原作があるんですか?」
「え? うん。プリティラバーズっていうアプリゲー。・・・え? 知らないのにここにいるの? どういうこと?」
そんな事私に聞かれても困る。
「あのー・・・私日本人で二十代半ばまで生きてた記憶があるだけで、この世界の事はよくわからないんですよ。ただ、何となくゲームかアニメかなんかかなーとは思ってましたけど。」
男性はまじまじと私の顔を見て頷いた。
「・・・確かにキミの立ち位置ってモブだもんね。生徒会の書記やってる子でしょ? ゲーム上では存在を薄っすら匂わされるだけで名前も顔もないもん。」
なんとなく傷つくのはなぜだろう。
「あなたは・・・その、ゲーム?のキャラなんですか?」
「うん、クロって名前で学園コンシェルジュってことになってる。まあチュートリアルとか一通り操作を教えてくれるキャラってとこ。」
おお、ゲームっぽい。
「あの、良かったらそのゲームについて一通り説明してもらってもいいですか。疑問は山ほどあるんですけど、前提がわからないのでどこから聞いていいかわからなくって。」
「いいけど・・・その前にキミの名前聞いてもいい?」
「ナツコです。吉田奈津子。」
「え、それって前世の名前? 今もその名前なの?」
「今もその名前です・・・クロさんは前世は違う名前だったんですか?」
「うーん、そこら辺もう思い出せないんだよねぇ。子どもの頃は前世の名前も家の住所も親の顔も全部覚えてたんだけど、年取るごとに忘れちゃって。今じゃ何にも思い出せない。思い出せるのはこのゲームに廃課金してたことぐらい。って言っても世間的には大したことないかもしれないけど。」
「廃課金? 幾らぐらい課金してたんですか?」
「百万以降は数えてない。」
クロはケケッと笑った。「最初はバイトの数増やしてたんだけど学校通えなくなっちゃって、そっからは夜職でせっせと稼いではこのゲームに突っこんでた。馬鹿だよねー。」
「・・・クロさんって前世は女性ですか?」
「うん。このゲーム乙女ゲーだし。」
今まで仮定で進めていた事項がどんどん確定されていく事に身震いした。
「えっと何だっけ? このゲームの概要ね。・・・アプリの乙女ゲーって説明でわかる? 平民だけど魔力が強いヒロインが貴族ばっかりの学園に入って、男を次々口説いていくゲーム。ゲーム期間は三年間で、定期テストで赤点を取ったらゲームオーバー。各パラメータを上げつつイベントを成功させて卒業式までに将来を誓えたらグッドエンディング。まあ普通だね。」
確かにそんな感じのゲームを私も前世でやったことがある。
「攻略対象ってヒイロ、パプル、ブルウの三人なんですか?」
「もう一人隠しキャラがいる。でも三年にならないと出てこないから、初見では無理だろうね。あのヒロイン初回プレイでしょ?」
それは私にはよくわからない。確かにローズは前世とか二回目だとかそんな素振りは見せないけど・・・言葉に詰まっているとクロが勝手に続けた。
「まあ、あたしが色々手助けしてるから今パラメータは結構いい感じで伸びてるけどね。何も考えずにプレイしたら普通は”食堂の娘”エンディングになるから。」
「それは困ります。」
「うん、私もそれじゃつまらないから色々やってる。」
クロはにやりと笑った。「本当は初回でここまでパラメータ上げるのって無茶苦茶お金かかるんだよ。本人には言えないけどさ。」
なんとなくローズの人生を弄んでいる気もするが、本人も望んでいることだしここは目を瞑ろう。
「お金って今もですか? クロさんって貴族なんですか?」
「あー、一応貴族ってことになってるね。今言ったのは前世の方のお金だけど。ガチャ回しまくってカード集めないとイベント起こらないしパラメータも上がらないってゲームだったからね・・・大変だった。でもストーリーが面白かったんだよね。イベントの数もすごくて、しかも同じイベントでも好感度によってシナリオが変わったりとか、全員の好感度が高くないと発生しないイベントもあったりして、面白かったなー・・・」
クロは庭の方を眺めてしばらく黙ってしまった。もじゃもじゃした髪の向こうに黒い目が見えた。黒い髪に黒い目だからクロか。なるほど、命名規則に則っている。
「でも途中からシナリオライター変わっちゃってね。それまでもイベントによっては違う人が書いてたっぽいんだけど、途中から完全にいなくなっちゃったみたい。それ以降はマジ最悪だった。おまけに弟編とか言って訳の分からん新章とかリリースするし。挙句に面白くないし。あのゲームの肝は作りこまれた世界観と各キャラの魅力なのに全然わかってない奴が書いた文章とかマジ最悪。」
なんとなく聞いたことがある話だ。ぶつぶつと文句を言い続けるクロの言葉を聞き流しながら考える。アプリゲー、途中で変わったシナリオライター、面白くない新章・・・
「あ」
「え、何?」
慌てて何でもないと言いながら頭を抱えてしまった。あの子が前世で作っていたゲームだ。たまたま入社した会社で上司とメインシナリオライターが相次いで辞めてしまい、後を埋めるために何故かあの子が続きのシナリオを書いたというゲーム。
プリティラバーズ? そんな名前だったか・・・一応ダウンロードしたけどオープニングムービーだけ見てそれ以降はやってないので中身はさっぱり覚えてないけど・・・それともあの業界は似たような事がよく起こるんだろうか。
「ちょっと大丈夫? ゴメンね、あたしもいきなり毒吐いて。思い出したら止まらなくなっちゃってさ・・・」
「あ、いえ違うんです。ちょっと頭痛がして。」
私はへらへら笑って誤魔化すことにした。もし前世の友人が本当にこのゲームの続きのシナリオ書いていたとして、こんなにそれを恨んでいる人に言えるわけがない。しかも友人は過労で亡くなっている。間接的にはこのゲームのせいで死んだようなものだ。
突然会場の中から大きな拍手が聞こえた。
「あー多分ヒイロの挨拶が終わったんだと思うよ。この後王太子の開会宣言だね。今更顔だせないからもうちょっとここに居よう。」




