84.奈津子の話㉒
「で、結局ローズは誰のことが好きなの?」
無事外泊許可も取れ夕飯も終えた後、私はローズの部屋でまったりしていた。夕食時に少しだけ飲んだお酒も効いている。
「んー、なんか最近はみんな好き。みんな優しいし。」
ローズの部屋には絨毯が敷いてあったので私は思う存分ごろごろしていた。土足禁止の絨毯は久しぶりだ。日本の部屋のようで落ち着く。
「みんなって誰よ。ひょっとして生徒会メンバー以外にもいる?」
「うーん、10人はいない。」
予想以上の数字に思わずローズの顔を見たが、ローズは平然とした顔をしていた。このモテ女め。
「・・・女も複数の配偶者を持ってもいいんだよ。法律上は。」
「別にそう言うのは求めてない。」
ローズは苦笑した。
「一人でいいのよ、一人で。私を大事にしてくれて浮気しない誠実で金持ちな男が一人いればいいの。」
ローズは薄いアルコールを飲みながらそう言った。お酒に強いらしく酔ってはいなさそうだが。
ちなみにこの世界に飲酒制限はない。
「世界中の女が希望する条件だね。」
「王子様とか言わないだけ現実的だと思ってる。」
ローズは笑いながら言った。この国の王子は今一人しかいない上、最近娘も生まれて家庭円満とのうわさだ。まだ生まれたばかりの王女の婿になろうと貴族は今から色々やっているらしいが、私たちには何の関係もない話だ。
ローズの家は一階がお店で二階が住居だった。一階の厨房から二階に上がると扉があり、扉を開けると廊下があって左右に部屋があるという変わった作りだった。酔っ払いが迷い込んでくるのを防止しているらしい。ローズの部屋の扉は更に内側から閂が閉められるようになっていた。
私がドアをじっと見ているとローズが苦笑した。
「たまにいるのよ。私の部屋を探しに二階まで上がってくる奴。トイレと間違えたとか、私が店に出てないからって、心配だからとかいいながらここまでくる奴がさ。あれは私の最後の砦なの。」
「嫌だね。」
「マジで嫌。わざわざ二階に上がりにくい作りにしてるのに、どのツラ下げて間違えたとか言えるんだろ。」
ローズは吐き捨てるように言った。
「私はこの店嫌いじゃないし、ほとんどの客はいい人だけどさ・・・やっぱ卑猥なこといってくる奴はいるし、酔ったふりして体触ってくる奴もいるしさ・・・親も常連客もかばってくれるけど、嫌なことしてくるのはだいたい旅で来てる奴なんだよね、キリがないの。」
部屋の隅を睨みつけながら話すローズの横顔は、妙に大人びていた。学校では見せない顔だ。
「・・・だから、金持ちじゃないとダメ?」
「そう! 私をここから連れ出して!ってね。」
ローズは私の方を向いてにっこり笑った。さっきまでとの落差になぜか私が泣きそうになった。
「ま、私はいいからさ。ナツコは? ナツコは恋人作らないの?」
「・・・恋人って作ろうと思えば作れるものなの?」
私の質問にローズはきょとんとした顔で首を傾げた。
「え、作れるでしょ。普通。」
さっきとは違う意味で泣きたくなり、私はテーブルに顔を伏せた。
「どうしたの?」
「いえ、何でもアリマセン。私は金持ちで誠実な男を捕まえられる気がしないから、給料が高い所に就職できるように頑張りマス。」
「それもいっこの道だよねー。っていうかナツコレベルに頭良かったら自力でなんとなかなる分そっちの方がいいよね。」
「ローズだって魔力強いんでしょ? 軍に就職すれば結構いい給料貰えるんじゃないの?」
私は酒の瓶に手を伸ばしながら言った。もう今日は飲もう。内容がアレだけどこれもガールズトークだ。
「軍ね・・・実は最近ちょっと気になってるんだよね。ここ半年真面目に鍛錬してたらさ、どんどん魔力が増えて正確さも増してきたの。精度が上がったっていうか。・・・引かないでくれる?」
ローズが小首を傾げて私を見た。
「なに?」
「私、風で人が斬れるようになった。」
ごめん、ちょっと引いた。
「それは・・・すごいね。そうか、戦いだからそうなるのか・・・」
「うん、このままいけば人体を真っ二つにするとこまで出来ると思う。」
私は魔力がないので魔法系の授業に出たことはない。武闘系のクラスはそんなことになってるのか。上手く言葉が出てこないので黙ってお酒を口に運んだ。
「それを魔法が上達して楽しいっていう自分と、そんなこと出来てどうするんだって自分がいる。護身術というには度を越えてるしねえ・・・」
ローズも黙ってしまった瞬間、階下から物音が聞こえた。ローズが中腰になって口に手を当てた。
静寂の中、僅かな足音が階段を上がってくる。ローズは扉の閂を静かに閉めると、私の前に立ちはだかった。
足音はローズの部屋の前で止まった。外から扉を叩く音で私は飛び上がった。目の前のローズの手は白くなるまで握りしめられ、わずかに震えていた。
「ローズ? いるんだろ?」
若い男の声に私は身を縮めたが、ローズは反対に力を抜いたようだった。
「・・・なんだ兄貴か。びっくりさせないでよ。」
「親父が酒場にいたからさ、お前今日一人だと思って迎えにきてやったんだよ。うち来いよ。チビと遊んでやってくれ。」
「ヤだよ。今友達きてるから。帰って。」
「・・・なーんだ、男連れ込んでるのか。じゃあ帰るわ。邪魔したなー。」
「違うってば馬鹿兄貴!」
廊下の笑い声が遠ざかっていく。ローズは私を振り返ると笑った。
「うちの馬鹿兄貴が驚かせてゴメンね。ちょっともう一回戸締り確認してくるから、ナツコはここで待ってて。」
そう言うと閂を外し部屋を出て行った。残された私は大きく息を吐いた。まだ心臓がどきどきしている。
しばらくするとローズは新しい酒瓶と水を持って戻ってきた。
「戸締り完璧! 酔い冷めちゃったからもうちょっと飲もっか。」
「さっきのお兄さん?」
「うん、結婚して今は近所で暮らしてる。」
「心配してきてくれるなんていいお兄さんだね。」
ローズは少し照れたように笑った。
「うーん、まあ、いい兄貴だよ。小さい時、まだ部屋に鍵つけてなかった時、部屋に入ってきた酔っ払いを叩き出してくれたのも兄貴だし。」
さっきの恐怖心を思い出して胸がキュっとなった。
「私の見た目って目立つからさ、変なのに付き纏われたりしたときも兄貴が助けてくれたし・・・でもとっとと結婚しちゃったからなー。早く私だけを守ってくる男見つけないと。」
おどけたように言うローズに素朴な疑問をぶつけてみた。
「今のローズだったら自分で戦えるんじゃない?」
言った瞬間ローズの顔を見て失言だったと気づいた。でも口から出た言葉は取り消せない。
「・・・殺しちゃうと思う、今の私なら。手加減なんかできない。殺しちゃったら、どうやって償えばいいの?」
「ごめん。」
「ううん、ずっと考えてるんだ。殺しちゃった後さっきみたいに実は兄貴だったってわかったらどう取り戻せばいいのかなって。頑張って手加減して、でも後遺症が残ったらどうやって償えばいいのかなって。たとえ相手が悪い奴だとしても、それを私が裁くのは違うんじゃないかって。・・・まあ、軍に入っても訓練以外で人と戦うことは滅多にないらしいけどね。でもやっぱり私に軍は無理かも。」
「ごめん。」
どうして私は思ったことをそのまま口に出してしまうのか。
「なんでナツコが謝るのよ! いいから飲も! 私は強魔力持ちな上この美貌まで持ってるんだからなんの問題もないって。」
「・・・そうだね! ローズは国一の美少女だもんね!」
「そうだよ! ナツコは国一の秀才!」
「そこは天才って言って。」
「ナツコは国一の天才! 宰相だって夢じゃない!」
「そうだそうだ!」
馬鹿みたいなことを言い合って、眠くなるとローズの狭いベッドで一緒に眠った。寝床は暖かくていい匂いがした。
翌朝起きるととっくに陽は昇っていて、ローズは部屋にいなかった。ぼんやりする頭で寝巻から普段着に着替え階下に降りると、ローズが朝食を並べていた。
「おはよう。ちょうど出来たとこだから一緒に食べよう。」
机の上にはスープと目玉焼き、温めたパンが置いてあった。いつもはおろしている髪を一つにまとめてきびきび動くローズはとてもキレイだ。
「ローズ、私が宰相になったら結婚してくれる?」
ローズは笑いながら承諾してくれたので、私は上機嫌でご飯を食べた。




