83.奈津子の話㉑
二月下旬、私は図書館にいた。字が汚くてなかなか読めない本に嫌気がさし、一階でお茶を飲んでいるとヒイロがやってきた。やたらとキョロキョロしているので見ているとバッチリ目があってしまった。
「良かったすぐに見つかって。」
ヒイロは笑顔で言って同じテーブルに座った。全然座っていいとは言ってないが。
「どうしたの、急に。」
「寮で聞いたらこっちだって言うから。・・・ここ注文取りに来てくれないの? 変わってるね。」
そう言うと立ち上がり飲み物を注文して戻ってきた。忙しい奴だ。何なんだ一体。
「この間の、新入生歓迎会の話なんだけど、予算は下りそうだよ。」
「それを言うためにわざわざ?」
「いや、予算は下りるかもしれないけど制服での参加はやっぱり難しいって。完全別室ならありらしい。」
うーん、これまでの常識から考えると妥当な所かもしれない。特に貴族と平民の交流を主目的としないなら問題もないし。
「そうかー・・・でも平民でも新入生が歓迎されるってすごくいいことだよね。それだけでも大きな一歩だと思う。ありがとうヒイロ。」
休みなのにわざわざすまんねーという意味を込めて私は笑ったが、なぜかヒイロは目を反らした。
「うん、それで良かったら答えてもらえると助かるんだけど・・・」
ヒイロがなにやらモジモジしている。
「ローズのことなんだけど・・・ローズってパプルと付き合ってないよね?」
「はい?」
「いや本人に聞けばいいっていうのは分かってる。でも直接は聞きにくいっていうか・・・」
乙女か。こいつ乙女だったのか。
「付き合ってはないんじゃないかな。」
とりあえず返事をすると、ヒイロの顔がパッと明るくなった。
「良かった。実は卒業パーティ用に、二人にドレスをプレゼントしようかと思ってるんだ。ローズは新入生歓迎会も制服でわざわざ来てたし、本当はパーティに出たいんじゃないかと思って。どうかな?」
・・・これは何を質問されているんだろう。ローズがパーティを好きかどうか? 知らんがな。
「好きにしたら?」
投げやりに言うとヒイロは嬉しそうに頷くと「じゃあ近いうちに使いを遣るから!」と言って去って言った。嵐のようだ。
「・・・ねえ、あのこが注文したコーヒーできたんだけど、あなた飲む?」
喫茶室の年配のお姉さんに言われため息が出た。
「いえ、私が今飲んでるのもコーヒーですので・・・なんかすみません。」
謝りながら近いうちにくるという使いとはなんだと考えていた。わかったのは次の日だった。
朝食後部屋で本を読んでいると、寮母が客が来ていると呼びにきた。立っていたのは王都の服屋で今からドレスを誂えるので同行してほしいと言う。喜ぶ寮母に背中を押され、よくわからないままに迎えの馬車に乗せられた。
馬車の中で昨日のヒイロの言葉を思い出しやっと合点がいった。話の流れ的にパプルとローズにドレスをプレゼントするのかとなんとなく思っていたが、よく考えるとヒイロがパプルにドレスをプレゼントする訳がない。それなら私にプレゼントした方がマシだろう。ドレスだし。
連れていかれた服屋はなかなかに大きな店だった。「一から作るには時間が足りませんので」と言われ、すでに出来ているノースリーブのワンピースから光沢のある紺色のものを選んだ。靴はダンス用の低めのヒール靴を選び鏡の前に立つと、それなりにパーティっぽい。
「ありがとうございます。こちらで結構です。」
そういうと店員は大げさに腕を振った。
「まさか! これからデザインを変えるんですよ。ナツコ様はウェストが細いのでもう少し絞った方がいいと思います。スカート丈はどうしましょう? ちょうど膝丈なので学生さんらしいかとは思いますが、ご希望なら伸ばすこともできます・・・」
どうやら後からカスタマイズするシステムらしい。リボンだのフリルだのレースだのスパンコールだの、聞いてるうちにめまいがしてきてしまった。地味でいいのに・・・だが何も追加しないのは服屋の矜持に関わるらしい。
すったもんだの末、ウェストにリボンを巻き、左腰で蝶々結びをして紐を長く垂らすということになった。リボンの色は黒でいいという私の意見は却下され、店員が選んだ水色に金の縁取りが入ったリボンとなった。
へとへとになって店の外に出るともうお昼時になっていた。今寮に戻ってもご飯はなさそうだ。というか帰りは送ってくれないのかと思いながら歩いていると、後ろから声をかけられた。ローズだった。
「あ、ローズ。ローズもドレス?」
「うん、仮縫いができたっていうから合わせに来た。ナツコもドレス作るの?」
なんとなく話がかみ合っていない気がするが、私は何よりもお腹が空いていた。
「うん・・・この辺でご飯食べられるところある? 一緒に食べようよ。」
「ならうちで食べていきなよ。そんなに遠くないし。」
歩きながら話していると意外な事実が判明した。
「え、パプルがまたドレスプレゼントしてくれたの!?」
「うん。くれるっていうから貰っとこうと思って。」
「・・・ヒイロは? ヒイロも昨日ローズにドレスあげるって言ってたけど。」
「知らない。聞いてないけど。」
聞けば以前のドレスがないから卒業パーティに行かないといった直後にパプルからドレスをプレゼントすると言われたらしい。ヒイロはだいぶ出遅れていたわけだ。
ローズの家である定食屋は王都の中でも繁華街と言われる場所にある。以前ローズと一緒に遠くから眺めたことはあったが「見つかると手伝わされる」とローズが言うので近づいたことはなかった。
「誰かいる・・・」
ローズが不審そうな顔をして店の前に立っている男に近づいて行った。私も慌てて警戒しながらローズの後をついていく。たぶんローズの方が強いんだろうけど。
こちらが何か言う前に男の方もこちらに気づいたようだった。
「ローズ様ですか?」
「そうですけど。」
「失礼しました。わたくしエンド商会の者です。ヒイロ・ソード様よりローズ様のドレスをご注文いただきました。つきましては一度わたくしどもの・・・」
「ああ、いいです。ドレスはもうよその店で作ってるので。」
ローズは途中でそう言うと適当に使者をあしらって店の中に入っていった。
私も慌てて後を追う。
「いいの?」
「だって同時に二着もいらないもん。」
肩をすくめるローズの後ろから大きな男性が現れた。背も高いが筋肉もすごい。ビックリしているとローズが雑に紹介してくれた。
「あれはお父さん。こっちはナツコ。」
適当にも程があるなと思いながら挨拶すると思ったよりにこやかに挨拶してくれた。茶色い髪に茶色い目、ローズのピンクの目と髪はお母さん譲りなんだろうか。
「じゃあローズ、俺今日は帰らないからちゃんと戸締りしろよ!」
父はそう言うとさっさと出て行ってしまった。もともと出かける所だったようだ。
「スープとパンでいい? 肉も焼く?」
いつの間にかローズは厨房の中にいて、色々準備をしてくれていた。
「肉まで悪いよ。っていうか今日はお店休みなの?」
「うん、お母さんのお兄さんが具合悪いっていうので急遽里帰りしてるの。だから今日からしばらく休み。ただ昨日急に休み決めたから食材の仕入れ止められなくってさあ、よかったら夜も食べに来てよ。あ、何なら今日泊まってく?」
友達の家に泊まるとか何年ぶりだろう。ただ外泊許可がいるはずなのでとりあえず保留にして昼食をとった。ローズが作ってくれたご飯は美味しかった。




