8.ラブストーリーですか?
「は? なんで?」
急なプロポーズにクマは驚きを隠さなかった。
「どうせどこかの貴族と結婚するんでしょう? ドーナー家の後ろ盾は欲しくない?」
「え、急展開過ぎてついてけない。」
「出世するなら必要でしょう?」
「そこはどこぞの課長みたいに妻と愛人に囲まれてハニートラップしかけてきたやつも美味しくいただくみたいなのがいいんだけど。」
何の話だろう?
「・・・だから妻が必要でしょう?」
クマの顔からはてなマークが消えない。混乱しているようだ。
「・・・俺のこと好きなの?」
「別に?」
「うん、そうだよな。知ってた」とクマが遠い目で呟いた。当たり前じゃないか。
「喋ったこともないのに好きになる訳ないじゃない。」
「高校の時はあるだろ?」
「高校? ああ、前世? あったっけ・・・」
あるよ、とクマは小さい声で言った。その先は聞こえなかった。
「・・・まあ、考えといてもらえるかしら。」
「ハイ、善処します。」
気が付くとテーブルの上はほとんど空になっていた。焼き菓子やサンドイッチなど、こんなに並べる必要あるのかしらってぐらいの量だったのに。この人お昼食べてこなかったのかしら。
「クマ君お腹空いてたの? なにか追加で作らせようか?」
「いやもう十分・・・美味しかったから食べ過ぎただけ。」
「うちにくれば食べ放題よ?」
私がニヤリとしていうとクマは苦笑した。
「さすがに食べ物ではつられないって・・・」
「じゃあ何が欲しいの? 美女? 美男で勘弁してもらえない?」
「いや、それ親父さんのことだろ。確かにイケメンだけど別に毎日見たくないよ。」
「それじゃあね・・・」
クマが私の言葉を遮った。
「あのさ、ひょっとして口説いてる?」
条件反射で微笑んでしまう。困ったときの私の癖だ。
「口説いて・・・るのかもね。口説いたことがないからよくわからないけど。」
「前世で彼氏とかいなかったの?」
「いなかったわね。まあ、高校生だし。」
「いや、卒業してからとか。」
卒業?したんだっけ。そう言えばしたような?
「・・・そこら辺、実は思い出せてないの。卒業してから何してたんだろう・・・なんで死んだんだろ。」
「・・・俺は25歳ぐらいでブラック会社で過労死っていうテンプレだったと思う。最期のほうはあんまり思い出せないけど。・・・吉田は高校卒業後どっかの大学に進学したはず。そこから先はわかんないけど。成人式も来てたって聞いたよ。会わなかったけど。」
「じゃあ二十歳までは生きてたんだね。・・・全然思い出せないなあ。」
大学、二十歳、成人式。なんだか未来のことを聞いているような気がする。なんせ今は18歳だし。
彼氏、いたんだろうか。テーブルに頬杖をついた。
「・・・いた気がしないなぁ」
「何が?」
「彼氏。昔も今もモテないもんな。」
「・・・まああの口説き方じゃね。」
頬杖をついたままクマを睨む。クマの後ろに綺麗に手入れされた花壇が見えた。緩い風で花びらが飛んでいく。
どうして私たちは違う世界でも出会ったんだろう。わざわざ、一度死んだのに。
「なに? 無茶苦茶人の顔みるじゃん。」
「思ったよりかわいい顔してるなって思って」
「だからそんな口説きじゃ落ちないって」
クマが笑っている。悪くないと思った。色々、この空間すべてが。
なんだかんだと話し合った結果、クマは明日もうちに来ることになった。
帰り際に手のひらサイズの小さなブーケをもらった。
「渡すタイミングがなくて・・・てかあんな豪華な花に囲まれたら渡せなかったんだけど。」
そう苦笑しながら渡してくれた。確かに素朴だけど、小さな黄色い花が可愛らしかった。
「ありがとう」
なんだか照れる。クマも照れたようでさっさと帰ってしまった。
残されたブーケを見ながら、うちにこのサイズを生けられる花瓶はあるのかと考える。
「ティーカップに入れたらいいかしらね・・・」
「かわいいわね。いいと思うわよ。」
廊下の先に両親が現れた!
「お父様、ずいぶん早いお帰りですね。」
「かわいい娘の初デートだからね。野次馬しないと。」
両親はにこやかに笑っている。私も微笑みかえした。嫌な予感しかしない。
私たちは微笑みあったまま談話室に入った。ブーケはメイドに渡し、私の部屋に置いてくるよう頼んだ。ソファーに座り両親のほうへ向き直るとやはり二人は笑っていた。怖い。
「とても楽しそうだったわね。」
母の先制パンチ。
「ええ、少しはしゃいでしまったようで。」
「貴族の娘が人前で足を組んで頬杖をつくのは些かはしゃぎ過ぎでは?」
見られてた! しまった! 足組んでた自覚なかった!
「ええ・・・お話がとても楽しくて。」
何かを言おうとした母を父が遮った。父のターン!
「まあまあ、僕としてはいつの間に二人がそんなに仲良くなったのかびっくりだよ。ろくに話したこともなかったんだろう?」
調べられてる!
「ええ・・・共通の趣味があることがわかって・・・」
「チキューの危機?」
母の攻撃!
「ええ・・・そうです。」
笑顔がもたない。キツイ! 両親は相変わらず笑っている。私は目を伏せた。負けです。降参です。
父が話を変えてくれた。
「まあ僕としても、彼がドーナー家に入るのはやぶさかではないよ。優秀な子だし。」
「ご存じなんですか?」
「彼、魔法もかなりの使い手だよ。なぜか隠してるけど。以前軍部にスカウトしたら断られたよ。」
へーそうなんだ。ということは魔法で悪を倒すのもやればきっとできるのかしら。でも魔王がお父様なんだっけ?物語としては盛り上がるだろうけど、現実的にはやりたくないな。
「私はシャルルの方が好きだったわ。あの子の見た目はちょっと・・・」
母が言葉を濁す。お母様って割と面食いよね、まあお父様見ればわかるけど。
「いやいや、きっとかわいい子が生まれるよ。楽しみだな。」
父は母に微笑みかけた。ちょっと先走り過ぎじゃないですかね・・・
「あの、今のところ少し話が合うというだけですので。友人の一人だとご理解いただければ・・・」
「まあ、あなたが初めて自力で見つけてきたお友達ね!」
母の攻撃が止まらない。
「そう・・・でしたかね。」
帰りたいな。ここ家だけど。
「ただの友人ならば複数人で会うのが普通じゃないかな。他の友人はいないのかい?」
父から追加の攻撃が来た。いないよ!
・・・でも確かに考えなければいけない。婚約もせずに何度も二人きりで会うのは世間体がよろしくない。誰か適当に呼び出せるトモダチ・・・クマとの話は聞かれたくないので、同じ部屋にいても耳をふさいでくれるトモダチ・・・それもうトモダチじゃない・・・
黙り込んだ私を両親が可哀そうな子を見る目で見てくる。
「・・・私から誰かに声をかけてみましょうか?」
母が優しくたずねる。その優しさはつらい。
「いえ、大丈夫です。私にも探せば友人の一人や二人いた気がします。」
にっこり笑って言ってみたが、両親の可哀そうな視線は変わらなかった。
「そんなことより! クマンドが貴族名鑑を借りられたらと言っているんですが、我が家のを貸してもよろしいでしょうか?」
「ああ、叙爵前の口頭試験だね。実際は細かいことは聞かれないけど、仕事上で関わる人たちばかりだからちゃんと覚えておいたほうがいいんだ。・・・構わないよ。将来の息子になるかもしれないし。」
父から許しがでた。これでクマンドなら昼間あれこれしていても、試験までに人名の百や二百覚えられるだろう。後半の将来の息子うんぬんは聞き流すことにした。
「ありがとうございます。お父様、お母様。」
話はもう終わりですよね?
母はため息をついた。
「友人が見つからなければ、こちらでクマンドに貴族教育をするという名目で人を集めます。あなた今日ほんとうに楽しそうだったもの・・・私あなたがあんな風に笑うの初めて見た気がするわ。」
そういって立ち上がり部屋を出て行った。両親の後からついて出ようとすると、父が振り返っていった。
「僕はね、ミツコが幸せになるならそれでいいんだよ。」
父の優しい微笑みに私は頷くしかできなかった。
自室に入ると、机の上にティーカップに入った花と手紙の束が置いてあった。花を横目に見つつ手紙を手に取る。
うちにくる手紙は全て執事が開封している。差出人によっては直接手渡されることもあるらしいが、とりあえず私宛ではまだそれはなかった。手紙はここ数日読んでいなかったので溜まっていた。一つ一つ目を通して机の隅に積み上げる。ほとんどが『婚約破棄したらしいね?この人どう?紹介するよ!』だった。
いつの間にか背後にいた執事に、こっちの束は適当に断っといてくれと指示をだす。次に手に取った手紙はご機嫌うかがいのみだった。首を傾げ差出人を見返す。誰だっけ・・・
「お嬢様のご学友かと」
心の声が聞こえたらしい執事が教えてくれた。そういえばいつも私の周りをうろちょろしている二人組女子の片割れがこんな名前だった気がする。
「もう一人いなかった?」「こちらです」
まだ読んでいない束から執事がさっと手紙を取り出した。
そうそう、この二人はいつも一緒だった。手紙の内容も似たような感じで、相談しながら書いた感じが少々イラっとする。ドーナー家のおこぼれに預かろうといつも私の周りをうろちょろしていた二人組。そこで突然気付いた。これって取り巻き? 私取り巻きいたの?
執事の視線を感じたので、ひとまずこの二人は別に除けておくことにした。ひょっとしたらトモダチかもしれないし。
他の手紙は特筆すべきものがなかったのでまとめて執事に渡す。手紙の送り主は貴族ばかりなので最終的には私がチェックしてサインすることになるが、全部に自分で返事をかくより大分ましだ。
「お嬢様こちらなのですが・・・」
すぐに下がると思っていた執事が新しい封筒を差し出してきた。封はもちろん切られている。あて先はミツコ・ドーナー様とあり、別段変わったところはない。裏を返すとナツコ・ナカガワとあった。血の気が引いた。この名前は知っている。だけど、こんな所にいるはずないのに。
震えそうになる手で中の手紙を取り出す。日本語で一行だけ書いてあった。
『吉田光子のことで話がある』
眩暈がしたので強く目を瞑った。執事の心配そうな声が聞こえる。
「大丈夫よ・・・これは自分で返事を書くわ。」
「お嬢様はこれが読めるのですか?」
「読めるわよ」
そう言って微笑んで見せた。賢明な執事は黙って礼をして退室した。
中川奈津子。私やクマと同じ高校に通っていた前世の友人だ。取り巻きじゃない、本物の友人。まさかなっちゃんまでこの世界にいたなんて。
その夜、私はなっちゃんに手紙を書いた。もちろんこの国の言葉でだ。考えに考えた結果、内容は大変簡素なものになった。
お手紙ありがとうございます。積もる話もありますのでぜひ、明日うちにいらっしゃって下さい・・・