79.奈津子の話⑰
翌日昼食時に会ったブルウへ淡々と礼を伝えることができた。ブルウも淡々と本を返すのはいつでもいいと言ってくれた。そうだ、動揺することなんてなにもない。
私はその週何度も何度も自分がする授業のシミュレーションを繰り返した。あらゆる質問を想定し何度も本を読みこんだ結果、二年生の範囲まで完璧になった気がする。将来ここの教師になるのもありかもしれない、ここ給料高そうだし。
翌週の先生の授業を予め何もかもわかった状態で聞くと、何もおかしなことは言っていなかった。
ただ圧倒的に説明が足りないだけで、本人が大事だと思っているらしき箇所は二回ほど解説している。天才ならこの説明でわかるのかもしれない。ここに天才はいないし天才のための授業なんて必要ないと思うけど。
放課後の教室には一年生の平民が全員集まっていた。なぜか生徒会メンバーまでいる。手が震えそうになりながら教壇に立つと全員の視線が突き刺さった。
「では授業を始めます。まず前期の振り返りから始めます。」
「時間ないんだから後期からやってよ。」
いきなり女生徒からヤジが飛んだ。
「うん、わかるんだけどこれ応用しかないから。基本がわかってないとたぶん何もわからないと思う。」
「ここには前期の試験受かったやつしかいねえよ!」
男子生徒からもヤジが飛ぶ。ああ、想像通りにはいかないなあ。
しどろもどろになりながら、超特急で前期の振り返りをしようとすると途中で半分ぐらいの生徒の顔にハテナが浮かぶ所があった。すかさず適当な生徒を指して疑問点を聞いた。それに答える形で説明していくと、どんどん質問が出てきたので答え続ける。夢中になっていると時間が経つのを忘れた。
「今日はそろそろお終いにした方がいいんじゃないかな。日も傾いてきたことだし。」
ヒイロの言葉に窓の外を見るともう夕暮れだった。
「そうだね。試験範囲終わらなったから続きはまた来週やろう。今日はお開きで!」
そう言うとみんなは立ち上がって帰り支度を始めた。
「ありがとー、すごく分かり易かった。来週もお願いね!」
女の子の言葉にちょっと泣きそうになる。もう精も魂も使い果たした気分だ。
「ナツコ、疲れてるだろうからお茶飲んで帰ろう。喉カラカラでしょ?」
パプルの言葉に高速で頷く。終盤はちょっと声が枯れかけていた。水も飲まずにこんなに喋ったのは初めてだ。
カフェテリアにつくとローズがお茶とお菓子を持ってきてくれた。いつもの倍の砂糖を淹れて飲む紅茶は脳に染みた。美味しい・・・私頑張った・・・
「ナツコすごかったね! 本当の先生みたいだった。っていうか先生より良かった!」
私は慌ててローズに声量を落とすように頼んだ。またどこかで聞かれて逆恨みされたらたまったもんじゃない。
「でも本当に分かり易かったよ。ナツコは先生に向いてるのかもしれないね。」
ヒイロの言葉には黙って微笑むだけにした。正直お茶を飲んだら倒れこんで寝たい。
その後もみな口々に褒めてくれたが私はぼんやりしていた。ぼんやりしたままヒイロの馬車にローズと乗せてもらい帰った。なんだ毎回これでいいじゃない・・・私の寮は二人の家の道中にあるんだから・・・そんなことを考えながらローズの肩にもたれて眠った。
夢見心地で寮につき制服を適当に脱ぎ捨てそのまま眠り、翌朝空腹で目が覚めた。早すぎる朝食を食事室で食べながらなんだか目立つことをしているなあと思う。別に誰かに地味にモブっぽく振舞う様に言われたわけでもないからいい筈だとは思うけど。
王立学園は赤点一つで退学という訳ではない。実は退学勧告を受ける基準が公表されていないのだ。だが常に模範的な生徒であることを求められ、そこから外れたと見なされれば退学だ。毎年40人が王立学園に入学するが、実際に卒業できるのは半分以下だ。ひどい学年は一桁の人数しか卒業できないらしい。
完全無料で返済の必要もなく、衣食住と学びが提供される三年間は甘くない。だからこそ平民は王立学園を卒業できれば将来を保証される。この世界で田舎の農民の子として生まれた私が前世に近い暮らしをする為には、ここを卒業するか貴族と結婚するしかない。
部屋に戻ると昨日床に脱ぎ捨てた制服がきちんとハンガーにかかっていた。寮母さんの仕業だろう。あの人は貴族を好きじゃないようだが、大方昔学園で貴族に弄ばれでもしたんだろう。寮母という仕事は一般的には悪くないだろうが、私が望んでいるのは人に傅かれる生活だ。高慢すぎて口には出せないが人々に傅かれ敬われ、ちやほやされる生活がしたい。私だって常に新しいドレスを欲しがっているローズと同じだ。浅ましい人間だ。でもそれの何が悪い。
私は机に向かってつらつらと思うがままに気持ちを書き殴った。この部屋には鍵がついていない。普通に書くと読まれる可能性があるので書くのは日本語だ。日記とも言えない書き殴った紙を引き出しに入れて通学の準備を始めた。書き溜めた紙は卒業時に燃やすつもりだ。




