74.奈津子の話⑫
奢るからといいながら私が連れて行ったのは自分の寮だった。男子禁制だが女友達は二人までなら連れてきてもよい決まりだ。
ローズを食事室に座らせお茶を淹れた。その間ローズはフルーツを剝いてくれた。置いてあるクッキーと一緒に適当に皿に乗せ一応お店っぽい雰囲気をだす。
「ちゃんとお皿に盛るのえらいなぁ。」
ローズが感心したように言ってお茶を飲んだ。「おいし。」
「そう?」
「うん、ナツコって平民の割にはちゃんとしてるよね。椅子に座る前にスカートが皺にならないようにしたりとか、食べ方も上品だし。」
あまり意識していないけどそうなんだろうか。
「私だって最低限のマナーぐらい知ってるつもりだけど、貴族に混じってるとやっぱりガサツなんだなって思う。特にうち食堂だからさ、いつもうるさいし上品にやるより多少騒がしくても早く食事提供する方が正義っていうか・・・たまに凹むわ。これが育ちってやつよね。」
ローズは寂し気に笑った。私も深く頷く。私は前世の記憶も総動員してなるべく上品に振舞っているが、前世だって庶民だ。今本物の貴族に囲まれているとふとした時に雑な部分が出てしまい顔が赤くなる。
「今でも思い出して恥ずかしくなるんだけど、私一度みんなで食事中にスプーン落としちゃったのね。落としただけでも恥ずかしかったから慌てて拾って、ナプキンで拭いてまたそのスプーン使おうとしたらヒイロに止められて・・・ほんと、今思い出しても恥ずかしい。日が経つにつれどんどん恥ずかしくなる。」
ローズが顔を手で覆った。両手の隙間から私を見る。
「・・・さっきの話がしたいんだよね? ブルウの婚約者の話。」
私は無言で頷いた。
「ローズは知ってたの?」
「知ってたよ。ブルウはそういうの隠さないから。ヒイロとパプルはなんか隠してるけどたぶん二人とも婚約者いるよね。私はそれでも仕方ないかって思ってたんだけど、ナツコは怒るだろうなって思ってた。」
「・・・ローズはそれでいいの?」
「そりゃ私だってちゃんと正妻になりたかったけど、なんかあの人達と一緒にいる内にわかっちゃった。やっぱり住む世界が違うよ。第二夫人になれたら万々歳な気がする。」
私は言葉に詰まった。本人が覚悟を決めているのに、私は何を口出ししたらいいんだろう。
「・・・やめておいた方がいいと思うわ。」
突然入口で声がして慌てて振り返ると寮母が立っていた。
「ごめんなさいね急に。でもどうしても言わずにはいられなくて。」
寮母は近づいてきてローズを見つめた。
「あの学園は恋も知らずに結婚する”可哀そうな貴族”のための学園なの。だから学園にいる間は好きなように恋愛するのが良しとされてるわ。最近の学園の男の子はもう女の子を口説くのが礼儀みたいになってるし・・・でも結局遊びなのよ。みんな卒業したらすべて忘れて元々の婚約者同士で結婚してる。特に平民なら勝ち目はないわ、本気になんかなっちゃ駄目よ。」
私とローズは顔を見合わせた。薄々気がついていたことだ。こんなにはっきり言語化されるとちょっとキツイけど。
「・・・ぐうの音もでませんね。」 ローズが苦笑しながら言った。
「でもそれなら平民だって遊んでもいい筈でしょう? 貴族と楽しく三年間遊んで、卒業後は無難な人生に戻る。それもありでしょう?」
「・・・あなたが泣かないなら。」
寮母が優しくローズの髪を撫でた。
「あなたが泣かないのなら、楽しい思い出で終わらせられるなら、それもいいと思うわ。」
ローズは何かを言おうとしたが何も言わずに俯いてしまった。
「もうすぐ暗くなるから帰りはうちの車で送るわね。邪魔してごめんなさい。この寮に寮生の友達が来るなんてずいぶん久しぶりなの。ゆっくりしていってね。」
寮母は微笑むと部屋を出て行った。この寮変な人しかいないもんなあと思いながら後姿を見送る。
すると黙っていたローズがポツリと言った。
「私、泣かされちゃうのかなぁ。」
「・・・恋すると人は泣きたくなるらしいよ。噂だけど。」
「恋か・・・それなら恋なんてしたくないな。」
ローズは聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。
「泣きたくない。」
もう椅子を蹴飛ばしてローズを抱きしめようかと思った。なぜ私は男に生まれ変わらなかったんだろう。私なら絶対ローズを幸せにするのに!
潤んだ目で微笑むローズは本当に可愛かった。私はもうどうしたらいいかわからなくて、食事室にあるあらゆるものをローズに食べろと迫った。おなか一杯になると元気が出るってばあちゃんが言ってたし。元気が出たらなんでもできるらしいし。
帰り際タタン家の馬車に乗り込んで可愛らしく手を振るローズに手を振りかえしながら、明日生徒会の誰かを問い詰めてやろう決意した。私の友人を泣かす奴は許さん。




