70.奈津子の話⑧
夕方までローズと遊んで寮に帰ると、一階の一部屋が開け放されていた。中を覗くと寮母が掃除している所だった。
「あれ? この部屋って二年生の人いましたよね?」
寮母は困った顔で笑った。
「ええ・・・でも残念ながら成績が落ちて退学になったの。昨日発ったわ。」
私はこの部屋にいた女生徒の顔を思い出そうとしたがはっきりとは無理だった。なぜか私を見ると毎回隠れる人だったからだ。気の弱そうな人だった。
「なんというか・・・変わった人でしたよね? 学園に本当に通ってたんですかね。」
寮母はしばらく無言になったあと、ベッドに座るよう促した。
「あなたに謝らなくちゃいけないんだけど・・・ここにいた子はね、すごく勉強ができる子だったんだけどお風呂が大嫌いだったの。服だけは毎日洗濯したものを着てたんだけど、やっぱり匂うじゃない? それで嫌がらせを受けたり、学園側からも苦情がきたりして・・・だんだん通えなくなっちゃったのよね。勉強だけは自力で頑張って辛うじて進級はできたけど、今回の試験で点数が基準に達しなくて終わり。どうしようもないわ。」
寮母は悲し気に言うが、どこが私に謝る話になるんだろうか。
「ええと、つまり謝るっていうか、訂正しないといけないのはね、毎日シャワーに入る必要はないってことなの。」
それはなんとなく察していた。この寮にシャワーは一つしかないのに、人とかち合ったことがほとんどないからだ。
「あの・・・あなた最初の頃ずいぶん汚れていたじゃない? だからまたお風呂に入らない子なのかなと思って・・・毎日って言ったら多少は入ってくれるかなって思って大げさに言ったの、ごめんなさい。」
なるほど、話が繋がった。
「まあなんか変だなとは思ってたのでいいですよ・・・あと別に私はシャワー嫌いじゃないです。髪乾かすのが面倒なだけで。」
「髪まで洗ってたの・・・本当にごめんなさい。風邪ひかなくてよかったわ。もう今後はたまにでいいからね。ごめんなさいね。」
寮母がぺこぺこと頭を下げだしたので、私は気にしないでほしいと言って急いで自分の部屋に戻った。
二年生の子がいなくなったということは、この寮にいるのは私と二階にいる三年生だけということだ。
三年生は二人いるが一人はなぜか私のことが嫌いらしく顔を合わすたびに睨みつけてくる。ろくに喋ったこともないのに意味がわからない。
もう一人は貴族の彼氏がいるらしく、あまり寮に帰ってこない。たまに帰ってきても酒や香水の匂いがすごくて、頭が痛くなるので近づきたくない。
「この寮変な人しかいないな。」
私が考えていた女子寮はみんなできゃっきゃウフフと暮らしていて、夜な夜な恋バナとかしているイメージだったが、実際にはこの寮で一度も人とご飯を食べたことがない。
寮には簡易な台所がついた食事室に人数分座れる大きなテーブルがあるが、みんなそれぞれ部屋で食べるので誰も使っていない。私だけは最初の頃一人で食事室で食べていたが、私の姿を見ると慌てて部屋に引き返す人や、ずっと睨みつけてくる人がいるのにうんざりして私も自室で食事をとることにしたからだ。
だが実際に成績が下がって退寮になった人が間近に出たのはショックだった。私は真面目に勉強しよう。
結局この夏は寮と図書館の往復で終わった。将来のために役に立ちそうでかつ興味の持てる分野を探したら農業・家畜分野も医療系、計算系はそれぞれ嫌な部分が目についた。体を動かすのは嫌だし、この国の医療はグロそうだ。計算は苦手ではないが毎日したくはない。結局書類を書くときに使う飾り文字と法律系ぐらいしか見つからなかった。飾り文字は前世で言うカリグラフィーだ。法律は前世に比べると量が少ないので暗記したら重宝されるかもしれない。
そんな事を考えながら色々な本を読み漁っているとあっという間に九月になった。




