68.奈津子の話⑥
とにかく勉強が忙しいと生徒会活動からは逃げ回ることにした私だが、暇を見つけてローズから進捗を聞き出すことはやめなかった。野次馬楽しい。今のところヒイロ、パプル、ブルウの順番で好きらしい。
「ブルウは見た目が好きなんだけどちょっと自己主張が足りないっていうか、どっちでもいーよーみたいなのって別に優しさじゃなくない? なんか手ごたえがないんだよね。パプルはこの間の休みいきなりうちの店にきてドン引きしちゃった。こっちにも都合があるっての。」
ローズは王都にある定食屋の娘だ。徒歩で学園まで通い、夜や休みの日はお店を手伝っているらしい。
「いきなり来たんだ?」
「そう! いきなりはないわー。汚れたエプロンで汗だくで働いてるところなんかまだ見せたくないのに。乙女心がわかってない。ダメ。」
腕組みをして首を振るローズはなかなか凛々しい。ここは昼休みの生徒会室で、部屋には私たちだけだった。素のローズが一番可愛いと思うけど、まだあの三人には見せないんだろうな。そう思うとちょっとした優越感がある。
「はい、できた。」
私は清書していた紙をローズに渡した。生徒会役員就任にあたっての自己紹介と今後の抱負をまとめたものだ。ローズだけ字が汚かったので私が書き直した。
「ありがと恩に着る! しかしあんた平民のくせに字キレイね。いいとこの子なの?」
「まさか。農家の娘だよ、この学校にくるまでペン持ったことなかったよ。入試ですごい苦労した。」
「私もー。一応字は読めるし書けるんだけどさ、やっぱ小さい頃からやってた子とは違うんだよね。あの三人も字キレイだし・・・あ、ナツコも負けてないと思うよ!」
とってつけたお世辞に笑ってしまった。入学前に初めてペンを持った時はあまりの使いづらさに泣きそうになったものだが、後にそれはペンが悪かったせいだとわかった。遅れて参加したからか、嫌がらせなのかはわからないがあの時渡されたペンが粗悪品だったのだ。
入学後タタン様から頂いたペンは滑らかで書きやすく、私は字を書くのが好きになった。なので書記という役職は抵抗ない。だがなにぶんまだコピー機がないので、書類を複写するには手書きしなければいけない。つまり私が生徒会全員分の所信表明を写さなくてはいけないのだ。めんどくさい・・・
「じゃあ先生に全員分提出してきて。今日の放課後仕上げちゃうから。この部屋開いてるよね?」
「うん、いっつも開いてるよ。みんなでおしゃべりしてる。」
「毎日? 何喋ってんの?」
「うーん他愛ないことだよ。子どもの頃の話とか、勉強したりとか。」
・・・彼女は順調に青春ラブコメをしているようだ。
放課後ローズと共に生徒会室に行くと、すでに男子三人は来ていた。暇か。
「ナツコ久しぶりだね、来てくれて嬉しいよ。」
ヒイロがニコニコという。いや二週間経ってないし、どこの店だよ。
私はあやふやに笑って机の隅に座った。とっとと写して帰ろう。先生のチェックが終わった書類を受け取りレイアウトを考える。ローズの文章だけ少ないからどうしようかなあ。私も一緒に考えて多少は文を増やしたけど、こうやって並べると見劣りするなあ。
「どうしたの?」
隣にいたブルウが私の手元を覗き込んだ。
「人によって文章の量に差があって・・・どうしようかなと。」
「うーん僕たちが削ってもいいけど、ローズのを増やした方が見栄えが良さそうだね。ちょっと考えてみようか。」
男子三人が口々に思いついたことを書き留めていたらあっという間に季節の挨拶まで取り入れたほどほどの長さの所信表明ができあがった。さすがお貴族様は慣れてらっしゃる。
ローズからも反対がなかったので私は書類を作ることに専念した。話題はいつの間にかもうすぐくる夏休みの話になっている。
「私は家の手伝いだなー。みんなはどうするの?」
「僕は領地に帰るよ。」とヒイロ。
「俺は領地行ったり軍事訓練に参加させてもらったり色々。」とパプル。
「たぶんほとんど王都にいると思うな。」とブルウ。
みんなそれぞれの夏を過ごすようだ。ナツコはと問われたので私も答えた。
「図書館で勉強。」
おおーというよくわからないどよめきを無視してせっせと字を書き写していく。話題はいかに涼しい夏を過ごすかという話に変わっていった。
「やっぱり川遊びが一番涼しくなるよね! ちょっと遠出になるけど。」
楽し気なローズの声に”水着回”という言葉がよぎる。この世界に水着があるかどうか知らんけど。薄着で水際ではしゃぐ男女・・・絵になる。アリだな。
「川なら日帰りできるしみんなで行ってみる? 馬車だすよ。」
パプルの提案に一同いいねと盛り上がる。うんうん、行くといい。
「ナツコも行くでしょ?」
「馬車は四人乗りでは?」
ローズの無邪気な質問に質問で返してみた。基本的に馬車は4人以上乗れない。大きめの車体にぎゅうぎゅうに詰めれば乗れるかもしれないが、馬が可哀そうだ。
馬車を二台にすればいい等色々言っていたが私は勉強があると突っぱねて行かないことにした。野次馬はしたいが、あまりに近くでみるのはなんか違うと思う。
話題はとりとめなく移り変わった。カフェテリアでまだ誰も食べたことのないメニューの話、王都で今流行っている歌の話。和やかに楽し気に交わされる会話を聞いているとまるでラジオのようだった。大昔ラジオを聴きながら受験勉強していたことをぼんやり思い出す。この世界にラジオはないけれど。
5人分の所信表明を書き終わるころには日がだいぶん傾いていた。全員で校舎入口の掲示板に張りに行く。多少の飾り文字も使った書類はなかなかにそれっぽく見えた。
「僕たちの最初の仕事が終わったね。」
ヒイロが掲示板を見ながら感慨深げに言う。
「ここから始まりでしょ。」
ローズがみんなを見渡していたずらっぽく微笑んだ。ヒロインぽい。
全員夕日に照らされてなんだか青春ごっこをしているようで、私はひどく照れてしまった。だって中身はもうそれなりの歳だし。こんな甘酸っぱい感じ、前世ではなかったし。
他の四人が先生に報告したり後始末をしてくれるというので私は寮の門限を盾に帰宅した。門限があるのは私だけだし、なによりまた無言の馬車で送られるのはキツイ。
一人別れて桜並木を歩いていると遠くでローズの笑い声が聞こえた気がした。思わず振り返ったが姿はもう見えなかった。
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入学時は満開だった桜も今はすっかり緑に変わっている。お城のような校舎はまだ行ったことがない場所が沢山ある。私の二度目の高校生活はどんな風になるんだろう。




