60.兄弟の話㉑
結局副隊長は3か月の減給処分、ダリッチは無期限の行動監視となった。
役所の仕事は続けながら屋敷に住み込みで働く。休日はない。24時間誰かに監視されている。
それでもダリッチは文句を言わずにそれを受け入れた。仕事が好きなんだろう。
次の月には例年通り兄一家がやってきた。その頃には腕に傷もほとんどわからなくなっていた。
元々手が動かしづらくなるような深い傷ではなかったし、私もそれなりに若い。
久しぶりに会う義姉はなんだかニヤニヤしていた。あの日たまたま近くにいなかった執事は後からダリッチの所業に激怒し、極刑か領地追放を訴えたが、それを退けたのは義姉だという。私は最終判断である領主の意見に従ったまでだ。別に私が減刑したわけじゃない。
ある日私が図書室で本を読んでいると、義姉が入ってきて目の前の椅子に座った。相変わらずニヤニヤしている。
「なんですか? ずっと何か言いたげですが。」
義姉はくすくす笑った。
「あなたにもやっと春が来たみたいね。」
「春ですか? もう初夏って言ってもいい季節ですが。」
もう!と、義姉は身もだえした。
「恋よ! 恋の季節!」
私は生返事をして読んでいた本を閉じた。
「恋ですか。」
「そう。自覚ないの?」
「あまり・・・」
義姉はこれ見よがしにため息をついた。私は壁際にいたメイドに目をやった。なぜかメイドは一礼して部屋を出て行ってしまった。扉は開いているが、なんだかなあ。
「今朝あなたとダリッチが話しているのを見たわ。」
「警備隊の朝練の話ですか? 今となってはお互い仕事ですからね。」
「そう! 仕事中なのに二人の間だけハートマークが飛んでたわ。」
私はため息を我慢した。たまにいるんだよなこういう人。
「そうですか」
「あなたねぇ・・・ダリッチが急に魔法が使えるようになった意味わかってないの?」
「意味、とは?」
「これはこの世界の秘密なんだけど--」
義姉は人差し指を立てて自分の唇に当てた。内緒話らしい。
「--魔力は強い思いによって増幅するの。」
わかるようなわからないような。私が首を捻っていると義姉は言葉を続けた。
「つまりダリッチは長年の片思いを拗らせて、ついに爆発してあなたに伝えたってこと。」
「・・・死にかけましたが。」
「それは、あの子が不器用ってことよ。」
不器用で殺されたんじゃたまらないんだけどな。構わず義姉は続けた。
「殺意は・・・あったかもしれないけど、愛と憎しみは紙一重だから。」
一人で頷く義姉にうんざりする。
「貴重なご意見どうも。ただそれでいくとマリアさんも兄も普通より多めの魔力をお持ちですが、それも愛ですか?」
「愛よ」
義姉はキッパリと言い切った。「あと、そろそろマリアって呼んでくれない? 私たちは家族なんだから。」
「ではマリア、あなた方夫婦は生まれた時から愛に溢れ、ダリッチは最近になって愛を覚えたので魔法が使えるようになったということでよろしいでしょうか。私のような魔法を使えない人間はまだ愛を知らなんでしょうね。」
「気に障ったのならごめんなさい・・・そういうつもりじゃなくて。ただ愛とか、憎しみとか、とにかく強い思いが魔力の源なの。だから後天的に増えることもあり得るっていう話がしたかったの。」
その理屈でいくと、夫婦喧嘩中とか誰でも魔法を出せそうだが。
「詳しいことは私もわかってないし、多分強い思いがあっても魔法を使えない人もいると思う。ただね・・・私はアダールを初めて見た時、魔力が増幅したのを感じたの。全身の細胞がこの人だ!って叫んでた。あの日私、生まれ変わった気がするの。」
「マリア、それはただの一目ぼれでは?」
義姉は恥ずかしそうに頷いた。
「まあそうとも言うわね・・・でも魔力が飛躍的に上がったのは本当よ。うちの実家に聞いてもらってもいい。魔力が後天的に増えるのは、別に怪しげな団体に関わらなくてもあり得るのよ。」
なるほど、それを根拠にダリッチの減刑を訴えたのか。確かにダリッチも稽古中に急に憎しみが沸いたとか言ってたしな。
「マリアは、その怪しげな団体についてどこまでご存じで?」
「知らないわ。ただドーナー家がこれだけ調べて尻尾も掴めないなら、そもそも存在がないじゃないかと思ってる。これは確率の話として。」
それも一理ある。ドーナー家は諜報部はおそらく国一番優秀だ。なによりも兄がわからないならそもそも存在しないと考えた方が合理的だ。
「なるほど。確かにダリッチが私に対して強い思いを抱いていることは確認しました。彼は長い間領地を出ていないし、領地内で見知らぬ人間と接触していたという話もありませんでした。手紙のやり取りすらない状況で第三者が私の暗殺を狙って彼の魔力を意図的に増幅させたということは状況的に考えられません。もしこちらの想定外の手段で接触の機会があるのなら特定すべしという意見に従い現在彼は二十四時間監視のもとに置かれていますが、今のところいたって普通に暮らしているようです。あなたの主張が正しいのなら、第三者が存在しないという話の裏付けにもなりますね。参考にさせて頂きます。」
「・・・ねえ、”ダリッチが私に対して強い思いを抱いていることを確認”ってところ、詳しく。」
そこかよ。
「・・・嫌です。読書中なんでそろそろ出て行って下さい。」
渋る義姉を追い出し部屋の扉を閉めた。
ダリッチは今日も役所で仕事をしている筈だ。私は兄にたまには休めと言われてこんな所にいる。暇だし私も役所に行こうと思いつく、どうやら私も仕事が好きらしい。




