56.兄弟の話⑰
朝、私が部屋に入るとダリッチは目を開けた。ただかなりぼんやりしているようでゆっくりと瞬きを繰り返している。
「ダリッチ? 起きてる?」
「うん・・・」
これは薬の副作用か、ただ寝起きでぼけているだけか、どちらだろう。
先程廊下で受け取った手当セットを傍らに置いて私はベッドに上がった。頬の赤みは引いたがまだ腫れている。なにより痛々しいのは額だった。ぶつけた箇所が紫に変色している。
私はダリッチの左手の包帯をほどいた。昨日よりも良くなっている気がする。素晴らしい。
外した包帯をまとめていると、背後からダリッチのギャアッという声が聞こえた。慌てて振り返ると自分の左手を握りしめている。
「どうしたの? 何があった!?」
「なんか痒いと思って・・・ああ、目が覚めた!!」
強引に傷口を抑えている右手を引きはがすと、火傷の個所が掻き壊されていた。右手の爪には赤いものがついている。どうやら火傷の箇所を爪で引っ搔いたらしい。
「何してんだ、馬鹿!」
私は慌てて水の入った桶にダリッチの左手を突っ込んだ。いや、火傷は冷やせと教わったが、外傷が加わったのだから消毒が先か? どっちだ? 私は医者じゃないぞ。
混乱する私の横で、ダリッチは桶を抱えて呻いている。かなり痛かったらしい、当たり前だ。唸るダリッチを見ていたら私が混乱している場合ではないと思えた。
「・・・昨日のことは覚えてる?」
「覚えてますよー。酷い目にあったんでしょう?」
「そっちじゃなくて・・・なぜそんな目にあったかっていう理由。」
「・・・あの変人医者のせい!」
ダリッチはなぜか怒った目を私に向けた。
「っていうかなんで俺がこんな目にあわなきゃいけない訳? これ役人の仕事じゃないでしょ!?」
全くもってその通りだ。
「人選は私じゃない。」
「ケン兄か! あの人俺になんの恨みがあるんだよ!」
小声で文句を言うダリッチを見てそこそこ元気そうだなと思う。昨日の記憶も途中までありそうだ。
「食事を用意させるよ。おなかは空いてる?」
ダリッチは一瞬考えるそぶりをして頷いた。ベルを鳴らして食事の用意を頼んだ後、私はダリッチの左手を桶の中から出した。
傷口を刺激しないように水気を拭き、塗り薬をぬったガーゼを置く。染みたのかダリッチが痛そうな顔をした。
「・・・あんたがわざわざ手当してくれんの?」
「私だって一通りの応急処置ぐらい知ってる。」
左手に包帯を巻きつけて軽く結んだ。
「手、動かせる?」
「いちおう・・・」
「食事の邪魔にならないようにしただけだから。後で医者に来てもらうからその時にちゃんと見てもらうといい。」
左手を恐る恐る動かしていたダリッチがこちらを見た。
「別にそこまでしてもらわなくていいよ。ご飯食べたら家帰るし。あ、仕事行かなきゃ。」
「仕事はしばらく休むと言ってあるから問題ない。」
「え、そんな酷い怪我なの?」
ダリッチが自分の体をキョロキョロと見回す。
「・・・私が見ていた限りでは、頬を殴られて・・・多分口の中が切れてるんじゃない? あと頭から床に落ちてたんこぶを作った。今内出血で紫になってるから見た目がひどい。それとかなり激しく揺さぶられてたから・・・首に違和感はない?」
「首?・・・なんとなく痛い気がする。」
「頭痛や吐き気なんかは?」
「大丈夫だと思う・・・」
「そうか。時間差で症状がでる場合もあるからなるべくじっとしておいて欲しい。あとその左手の火傷は熱した火かき棒を押し付けた跡だ。」
「酷いことするねぇ・・・」
ダリッチがしみじみと左手の包帯を見つめた。
「申し訳ないと思ってる。」
「あんたが殴ったの?」
「いや・・・でも命令したのは私だ。お詫びと言ってはなんだが、叶えたいことがあるなら聞くよ。」
「・・・なんでも?」
「・・・なんでもではない。」
ダリッチは少し笑って、なにやら楽し気にベッドから降りて部屋を見渡した。
「よく見たらすごい豪華な部屋だね。俺この部屋入ったことなかったなー。」
「国王御一行が泊まる部屋だからね。」
「すげぇ!」
ダリッチは部屋の隅に鏡を見つけ、自分の顔を見てゲラゲラ笑った。
「ひっどい顔! どうしよっかな。木から落ちたって言おうかな。」
妙に楽し気なダリッチは朝食を持ってきた顔見知りらしいメイドと笑顔で会話を交わし、そのまま美味しそうに朝食を頬張った。
私はそれをぼんやりとベッドに腰かけて見ていた。別に見守る必要はないことに気が付いたのは、ダリッチが食べ終わる頃だった。
「じゃあ・・・私はこの辺で。」
立ち上がって部屋を出ていこうとするとダリッチに呼び止められた。
「どこ行くの?」
「え? 仕事だけど。」
「人には仕事するなって言っといて?」
「・・・私は怪我人じゃないし。」
「俺だってそんな大した怪我じゃないよ。でも、この顔で外に出ないで欲しいって気持ちはわかる。どう見たって殴られたツラだもんな。でもさ・・・俺暇じゃん?」
「?」
「だから今日はあんたが一緒にいてよ。」
私の頭のなかはハテナマークが一杯だった。どういう理屈だ? 本でも貸してやろうか。
「・・・なんでもいう事聞いてくれるんでしょ?」
そんなことは言ってない。
だが私はため息をついてダリッチの要望を飲み込むことにした。
「一日だけね。」
ダリッチはにっこり笑うと朝食の器を手に立ち上がった。
「じゃあこの器返してくるよ! 昨日夜に起きた時スープ少し飲ませてもらったんだ。お礼も言いたいし行ってくる!」
鼻歌でも歌いそうな感じでダリッチは部屋を出て行った。私は所在なくまたベッドに腰かけた。
一日一緒にねぇ・・・ボードゲームでもしようか。




