55.兄弟の話⑯
ダリッチの治療に必要なものを取りに行こうと外に出ると、執事が待機していた。
「ずいぶん賑やかな方でしたねぇ。」
「一人で騒いでたね。えっと・・・水を入れた桶、清潔な布、消毒液、氷の魔石、包帯あたりをいっぱい持ってきて。」
「場所はどうします? このまま客間に寝かせるのですか?」
「そうだね・・・動かすのも面倒だし、ここでいいんじゃない。」
執事はおやおやという顔をしたが、黙って下がった。
部屋に戻って改めてダリッチを見ると、顔は腫れているし唇から血が滲んでいるし、左手は火傷している。酷い有様だ、虐待と言われても仕方がない。せめてベッドの中央に寝かせようとベッドに上がってダリッチの体を動かした。ダリッチは瞼さえ動かなさい。額に手を当てるとたんこぶができていた、これもあとで腫れそうだ。
執事が持ってきた布を水で湿らせ頬と額に置いた。
「あの、わたくしがやりますよ?」
「一応ね・・・悪いことをしたとは思ってるんだ。」
執事は苦笑して黙った。
ガーゼを水で浸し火傷した部分を覆う。包帯でぐるぐる巻きにした後氷の魔石を発動させてそれを包帯で固定した。
「数時間おきに取り替えてほしい。夜には目が覚めると思うけど、念のため明日まで寝かせておいて。私は自室で仕事します。副隊長が戻ってきたら一緒に部屋まで来てほしい。」
「承知しました。」
自室に戻り、簡単に事の顛末をまとめた。数週間後には兄一家がこの領地にくるが、先に報告しておいたほうがいいだろう。
戻ってきた副隊長と執事とで薬の保管場所を相談する。一番使いそうな警備隊が多く保管し、少量を執事が管理することになった。薬を渡した患者のリストアップはまだ行っている最中らしいが、そこまでの数ではなさそうだとのことだった。
「これ、王都の方でも欲しがるだろうなぁ・・・」
私の声に二人は頷いた。
「特にアダール様が欲しがるでしょうね。」
「あの人自分は薬効かないのにね。」
「効かないんですか?」
「そもそも病気も大きな怪我もしないし・・・前に腐った水を飲んでも平気だったって言ってた。」
執事は顔を顰め、副隊長は何とも言えない顔をした。
「・・・先に医者に発注しておきましょうか。」
「さっき作るなっていったばかりなのに? ・・・材料はまだありそうだった?」
「えっと、自分にはよくわかりませんでした。他の薬の材料も兼ねてるからそちらは押収しないで欲しいと言われまして。」
「・・・自分で発注してもらおう。」
緊急時の対応を少し話し合った後、二人は立ち上がった。
「では、自分はこれで失礼します。」
腰を折る副隊長に私は言った。
「ダリッチはうちで看護するから心配しないで。あの子は一人暮らしだっけ?」
「はい。両親は別に住んでます。」
「じゃあ役所にダリッチはしばらく休むって言っておいて。」
「そこまでして頂かなくても・・・」
「領主代理は使用人を虐待する趣味があるなんて言われたくないんだ。」
「まさかそんな・・・実際に殴ったのは自分ですし。」
「命令したのは私だね。必要があると思うからやったけど・・・黙って受け入れてくれたダリッチには感謝してるんだ。」
「お気遣い頂き、兄代わりとしてお礼申し上げます。」
副隊長は深く頭を下げた。兄代わりだったのか。
「でも大丈夫ですよ。あいつは丈夫ですから。すぐ良くなると思います。」
そう言って副隊長が部屋を出た後、執事がポツリと言った。
「ハジム様が噂を気にしておられるとは意外でした。」
「気にしてるって程でもないけど、ダリッチがかわいそうじゃないか。」
「お優しいですね。」
執事は微笑むと一礼して部屋を出て行った。
この年まで独身でいると、あることないこと言われるものだ。死に別れた恋人を今も思っているとか、屋敷の地下牢に人を閉じ込めて毎晩鞭で痛ぶっているとか。うちに地下牢なんかないのに。
その日の夜、ダリッチが眠る部屋を覗くとダリッチの体の下に大きな布が敷かれていた。傷の手当てで高級な寝具が湿るのを嫌がったのだろう。使用人の小さな抵抗に笑ってしまった。手当はきちんとされているようだった。外は小雨が降っていた。




