54.兄弟の話⑮
「お酒もあった方がいいのかな?」
「いえ、今回はお酒なしでお願いします。量も固形のまま一錠で!」
楽しそうな医者とは対照的にダリッチの顔は暗い。だが何も言わずに渡された薬を水で飲み干した。
医者が一人で喋っている。
「この薬は即効性も重視したんです。今一般的に出回っている薬はいつ効いたんだがよくわからないでしょう? ぼんやりと眠くなるだけなんてダメですよ! やっぱり怪我や病気の時はちゃんと寝ないと!」
医者が喋りながらも食事を終えた頃、ダリッチの寝息が聞こえた。
「15分てとこですかね。今は警戒しながら飲んだので効きが遅かった可能性が高いです。普通なら10分、お酒と一緒に飲んだら5分ぐらいです。」
まだ喋ろうとする医者を尻目に私は副隊長に目くばせした。副隊長が頷き話を始めた。
「いい機会なので私からお話があります。これは尋問だと思ってもらって構いません。」
「尋問?」
医者がきょとんとした顔をした。
「最近あなたの助手が頭痛を訴えたことがありましたね。」
「・・・ええ。」
先程までとは打って変わって医者が慎重に答えた。
「あなたはこの薬を助手に渡した。その時のことを詳しく教えてください。」
「お話しするようなことは何も・・・ええと、その日朝から助手くんは具合が悪そうで、昼ごはんも半分も食べていないようだったので、薬を渡して言ったんです。今日はもう帰って薬を飲んで寝たほうがいいと。助手くんは頷いたので私は一人で往診に出ました。夕方帰ってきたら助手くんが床に倒れていました。苦しそうな様子もなかったので、これは薬の効き目だろうと思い、診療所のベッドに寝かせて私は帰宅しました。・・・それだけです。」
「その際彼女の服を脱がしたということは?」
「ありません! ありません! 断じてそんなことはしていません!」
医者は立ち上がってぶんぶん手を振りまわした。
「服が破れていたという証言があります。彼女が起きないのをいいことに、何かしたんじゃありませんか。」
「違います。あの、思ったより重くて、服の構造もよくわからなくて、なんかビリっていったのは聞こえたんですけど、どこが破れたのかもよくわからなかったし・・・」
「不埒なことは何もしていないと?」
「してません! ただ・・・寝台に置くとき、胸が・・・見えまして。」
副隊長の顔が不愉快そうに歪んだ。正義感の強い男なのだ。
「不埒なことを考えたのは認めます! ですが誓って何もしていません! 服を直すべきだとは思いましたが、また破れても怖いので毛布を被せてすぐ帰宅しました!」
これが12才の少年が言った言葉であれば私は無条件に信じただろう。だが相手は30過ぎの男である。
「医者なら女の裸ぐらい見慣れてるでしょう?」
「そういうのとは違います! そんな、若い、健康な女の人の裸なんて・・・」
赤くなってうつむく医者を見て、副隊長と視線がぶつかった。なんとも言えない顔をしている。副隊長はそのまま口を開いた。
「この話は被害届はでていません。ただミカは不安に思っている。わかるね?」
「はい・・・」
「ミカは将来診療所を開きたいそうだ。学校を出た立派な医者にはなれない、でも地域のちょっとした怪我や病気には対応できる、昔ながらの医者になりたいらしい。立派だと思わないか?」
「はい・・・」
「それを邪魔する人間は、小さい時から面倒を見たきた私には許せないな。」
副隊長も助手であるミカもダリッチも同じ地区の出身だ。歳は離れているが長い付き合いがあるのだろう。
「たとえ領主様が反対しようと、領民を傷つける者は私が切り捨てる。それが私の仕事だと思っている。」
副隊長はそういうと立ち上がった。医者を押しのけて、ベッドで眠るダリッチの横に立つと、その頬を引っ叩いた。
パチーン
痛そうな音に医者は顔を顰める。副隊長は続けて何発も顔を叩いた。殴らないだけ優しいと私は思った。
「あの、もうその辺で・・・意識がない時に鼻血や口内に出血があると、溺れてしまいます。」
「起きないな。」
医者をまったく無視して副隊長は呟くと、今度は寝ている体を激しく揺さぶった。反動でダリッチの体が頭からベッド下に落ちた。石の床には分厚い絨毯が引いてあるが、それでもゴツンと鈍い音がした。副隊長は軽々と体をベッドにもどし、また激しく揺さぶった。
「あの、あまり激しく揺さぶると首に怪我をします。首は治すのが大変なんです・・・」
医者の声がまったく聞こえてないかのように、副隊長は私を振り返った。
「どうします?」
「焼いた鉄でも押し付けるか。」
ひぃっと医者が小さく悲鳴を上げた。暴力的なことに無縁で生きてきたのだろう。だからこの薬の危険性がわからない。
副隊長が火を起こしている間、医者は私に哀願するように言った。
「止めてくださいこんなこと。どうしてここまでするんですか! アダール様ならこんなことなさらない筈です!」
「・・・兄なら刺してるかもね。」
「まさか! あの方は立派な方です!」
この医者が私の兄の何を知っているというのか。
「準備できました。」
副隊長が熱した火かき棒を手にやってきた。焼きが甘いと思ったが黙っておく。
「どこにする?」
「腕でしょうか?」
「外から見えないところがいいんじゃないか?」
「背中ですか?」
「仰向けで眠れなくなりそうだ。」
医者が大声で遮った。
「やめてください! どうしてこんな・・・どうしてここまでするんですか。もういいです、薬は全て差し上げます! だから、やめてください!」
ほとんど泣き出さんばかりの顔で医者が言った。
「実際の臨床が見れて良かったじゃないか。いいデータになるだろう?」
「違います、私はこんな・・・こんな酷いことをする為に薬を作ってる訳じゃない!」
「でもできるんだよ、きみの薬を使えば。どんな強い相手でも眠っている間に切り刻むことができる。きみの助手だって・・・やろうと思えばどんなひどい目にも合わせられたはずだ。それがこの薬の効能だ。」
私は副隊長に短く命じた。副隊長は頷くと、火かき棒をダリッチの左手甲に押し付けた。ジュッと微かな音がした後、体がビクッと跳ねたがそれきり動かなかった。
「・・・脈と呼吸が速くなっていますが、起きる気配はないですね。」
医者の言う通り、ダリッチは動かない。
「決まりだな。今から副隊長が診療所に行ってすでに作った全ての薬を押収する。あとこの薬を処方したすべての患者をリストアップし、飲み残しの薬がないか調査してくれ。必要であれば警備隊も協力する。・・・今後当家の許可なくこの薬を作ることは禁止する。必要があれば我が家に取りに来てほしい。使用許可は私、警備隊隊長・副隊長、当家執事、そして領主アダール・ドーナーのみが出せることとする。いいね?」
「あの・・・差し出がましいとは思うのですが、この薬を改良させてもらうことはできませんか? ここまで効能が過激なものではなく・・・日常で使えるものを。私は、もっといいものが作れると思うんです!」
さすが兄が選んだ人材だ。私は頷いた。
「許可しよう。ただし患者に処方する前に必ず先程の使用許可がだせる者の前で効能を確認すること。最終許可は私か兄が出します。それまで決して世間には出さないように。この薬については特に他言無用です。もし噂の一つでも流れたら・・・」
「流れたら?」
「全部燃やしますよ?」
あなたも含めて、という思いも込めて私は微笑んだ。医者は後ずさった。
「承知しました。今すぐ全ての該当する薬を提出します! 大丈夫です! 私はまだこちらにきたばかりですし、うさんくさいと思われてるみたいであまり患者が来てません! 大丈夫だと思います! 副隊長さん、行きましょう!」
医者は苦笑する副隊長を連れて足早に部屋を出て行った。私はベッドに目をやり・・・あ、治療してもらうのを忘れた、と思った。
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