52.兄弟の話⑬
それからすぐに私は領地へと戻った。第一執事と第二地執事も入れ替わり、私も領主の仕事と警備隊への指導をゆっくりとスタートさせた。兄が王都で軍の仕事をしている間、私が領主代理となる。
「で、花嫁はどこですか?」
役所の執務室で、なにやらふてふくされた様子のダリッチが言った。
「いないよ」
「はぁ!?」
ダリッチは今役所の仕事をしている。書類の作成が主な仕事のはずだが、ちょこちょこ間違いを見つけて私に言いに来る。最初は上役が来ていたが、途中で面倒になり直接呼ぶようになったら当たり前のようにノックをしながら部屋に入ってくるようになった。そこまでは許可してない筈だが。
「なんか面倒だなって思って。」
返事がないのでダリッチを見るとこちらを睨みつけていた。
「・・・あのさ、あんまり上司を睨みつけない方がいいと思うよ。」
「いや、人としてどうかと思う。」
そこまで言われることか?
「そうかな・・・」
「そうだろ。何しに王都まで行ったんだよ?」
「・・・結果的には縁談を断る為になったねぇ。」
ダリッチは大きなため息をついた。小声でぶつぶつ文句を言っているが、ここが領主の執務室だとわかっているんだろうか。
「・・・用事が済んだら出なさいよ。」
「用事ならある!」
ダリッチはずかずかと近寄ってきて、机にバンと手をついた。久しぶりに顔を間近で見た気がする。
「大きくなったねぇ。」
「はぁ?!」
「ダリッチ今いくつ?」
「十八だけど・・・」
最初に出会ったのは確か14才だった筈だ。大きくなる訳だ。背も伸びたし顔も少年から大人になった。
「モテそうだね。ダリッチは結婚しないの?」
「いや俺は・・・」
「決まったら教えてね、お祝いするから。で、何?」
「何って?」
「用事あるんでしょう?」
見上げるとダリッチの顔が紅潮した。
「・・・何でもない!」
そう叫ぶと書類をつかんでダリッチは部屋を出て行った。見た目は大人になったが中身はあまり変わってないらしい。だが仕事ぶりは真面目だし、口が悪いのも直そうとしているようだ。あまり成果がでていないが。
ダリッチが持ってきた書類は新しく作る診療所に関するものだった。医者自体は王都から呼び寄せるが、その他はこちらで用意するという契約だった。その契約の中の、助手の賃金が不当に安いと言いに来たのだ。
金額は見習いにおける賃金の慣例に従ったものだったが、私も賃上げを許諾した。内定している者は近所の二十代の女性で子どもではなかったし、医者の助手は警備隊と変わらないというダリッチの意見に賛同したからだ。どちらも戦争が起これば戦地に派遣される。
新しくきた医者は30過ぎの変わった男だった。人の顔をじぃっと見つめ、寝不足だの眼鏡を作れだの女房が浮気しているだのと言っているらしい。
「それって占いじゃないの?」
私は報告を聞いて執務室で首を捻った。
「本人はどっちも一緒だって言ってます。」
報告者はなぜかダリッチだった。医者の助手に選ばれたのがダリッチの幼馴染なので色々心配して世話を焼いているらしい。
「あの医者・・・信用できるんですか?」
「兄さんが許可した人だからねぇ。大丈夫だと思うよ。」
そう告げるとダリッチは首を捻りながら出て行った。正直私だってよく知らない。私は診療所を増やしてほしいという声に応えただけだ。医者探しは兄のほうで行われ、最終的に決定したのは兄だ。ただ、兄の人を見る目は確かだと思う。
それから三か月後、ダリッチが暗い顔をして執務室にきた。相変わらずノックと同時に部屋に入ってくる。
「ご相談が、あるのですが。」
手には書類を持っているが、どうやらそれに関する話ではないらしい。神妙な顔つきに私はソファーに座るよう勧めた。向かいに座ってダリッチを眺める。顔が暗い。
「どうしたの?」
「例の、診療所の件なんですが。・・・あぶない薬を作っているかもしれません。」
「あぶない薬?」
新しくきた医者は自分で薬を調合していた。本人は趣味だと言っていたが、ほかの領地から買うより安くなるので私は歓迎していたが。
「具体的には?」
「飲むと意識を失い、半日ほど何をしても目が覚めなくなるそうです。」
私は無言で顔を顰めた。悪用しようと思えばいくらでも悪用できる薬だ。
「・・・実際の被害報告は?」
「ありません。・・・ただ、ミカが。」
ミカは医者の助手になった女性だ。確かダリッチより少し年上で、ダリッチが小さい頃世話を焼いてくれた人でもあるらしい。
「ミカが、頭痛がするって言ったら医者に薬を飲めって言われて、飲んだら急激に眠くなって、起きたら夜中だったそうです。昼過ぎからの記憶が全くなくて、いつの間にか診療所のベッドに寝かされいたと。それに・・・衣服が乱れていたらしいです。」
ダリッチは悔しそうに言うが、それだけでは罪に問えない。
「他は?」
「・・・飲み屋で薬について話している集団がいたって。飲ませると何しても起きなくなるからやり放題だって。」
「ダリッチが直接聞いたの?」
「いえ。知り合いです。」
私は背もたれにもたれ少し考えた。だが考えている最中なのにダリッチが口を挟んできた。
「これだけじゃ信じてもらえませんか?」
「信じるというか・・・その、ミカさんが薬に弱い体質だった可能性は? 床に倒れたからベッドに寝かせた、大人を一人で抱え上げたら服ぐらい乱れるんじゃない?」
噂によると医者は休みの日はずっと薬の調合を行っているらしい。ついたあだ名は変人医者だ。知る限り女っ気はない。
「あとその居酒屋で話してた連中だけど、おそらく賭博屋関連だろう? あの辺りの連中は年中そんな話をしてるよ。だからうちの警備隊も四六時中見張ってるし、まだ報告はないよ。」
「・・・そもそもなぜ賭博屋があるんです? この領地は賭博が禁止されてるっていうから来たのに。」
なぜ役人のくせに知らないんだ、と思いながら私は返事をした。
「うちは売春を禁止してるからね。多少のギャンブルぐらいは認めないと、そういう連中の息抜きがないんだよ。だけど賭博屋を警備隊が運営しているのはうちぐらいだよ? 金も少額だけ、移住してきたばかりの人間や旅人は出入り禁止。これ以上は厳しくできないよ。」
ダリッチは納得がいかない顔で黙った。
「確かに気になる話だけど、今の時点でできることはないよ。引き続き医者の動向に注意してほしい。こちらでも少し探ってみるよ。」
そう言って立ち上がると私は執務に戻った。ダリッチもしばらくすると立ち上がり、一礼をして部屋を出て行った。
ずいぶん成長したもんだ。一昔前なら確実に医者を直接殴りに行っていただろうし、私にも掴みかかってなぜ捕まえないのかと叫んでいただろう。
「大きくなったねぇ・・・」
私は一人呟いて仕事を続けた。




