51.兄弟の話⑫
数年ぶりの王都は特に変わっていなかった。だが何故か私に会いたいという人が沢山いたので、私は片っ端から会ってみることにした。同じ王立学園に通っていたという貴族や平民、結婚を前提にした女性やその親戚・・・沢山の人に会って沢山のことを話したが、特に得る物はなかった。
余りにも女性に反応しない為、男性を紹介してくる人もいたが丁重にお断りした。私は人として何かがおかしいのかもしれない。姪にいとこを作るのは難しそうだ。
あっという間に春が過ぎ、夏が終わり、兄家族が王都の家に戻ってきた。
「そろそろ覚悟は決まったかい?」
兄が食後お酒を飲みながら聞いてきた。談話室のソファーは私と兄の二人だけだった。
「なんの覚悟?」
「伴侶を決める覚悟だよ。」
兄の言葉に私は黙った。伴侶を決めるには覚悟が必要だったのか・・・知らなかった。
「まだ、です。」
「まあいいけどね。私が領主になったのも君のモラトリアム期間を伸ばす為だし。」
「モラトラム? って何?」
「青春ってことだよ。」
青春、と私はオウム返しに呟いた。貴族の青春は王立学園の間だけと言うのが一般的だ。私はまだ青春なんだろうか。
「大分前に学園は卒業したけど。」
「そっちじゃないよ。己を知って進むべき道を見定める期間だよ。」
兄の言っていることがよくわからない。これは私も飲んでいるせいか、頭が悪いせいか。
「貴族なんだから、進むべき道は生まれた時から決まってるでしょ。」
「別に決まってはないと思うけどなぁ・・・ただ水はいつも低い方に流れるね。」
子供の時から兄は時折こうやって私を煙に巻く。
「でた、兄さんのなぞなぞ。」
「僕だってなんでも知ってるわけじゃないからね。曖昧な言い方にはなるけど、それでも弟の幸せを祈ってるだけだよ。」
兄はにこにこと言った。別に酔っているわけではなさそうだ。もっとも私は兄が酔っているところを見たことがないが。
「そりゃどうも。もう、兄さんが選んでくれていいよ。別に誰でもいいし。」
「うーん、僕は意地悪だからそれはやりたくないなぁ。」
「さっき幸せを祈ってるって言ったでしょう?」
二人で笑いながら、私はしみじみと兄弟というのはいいものだと思った。他の誰ともこんな風には話せない。
「ハジムはひとのことばかりを見すぎだよ。」
「・・・全然誰のことも見てないって言われたことあるけど。」
「そうか。じゃあ僕のことを見すぎなんじゃない?」
「人をひよこみたいに・・・そんなの子供の時だけで、ここ10年はろくに会ってないでしょ。」
そうだっけと言いながら兄が新しい瓶を開けた。給仕はすでに下がらせており、用意されていたデカンタは飲み干してしまった。開いていない瓶はあと数本だけだ。
「ハジムは僕がいなければ英雄になれるのになぁ。」
「別になりたくないし、兄さんが英雄でいいよ。」
兄は苦笑して杯を空け、私もつられて飲んだ。明け方、喉の渇きに目が覚めると私は談話室のソファーで寝ており、兄の姿はなかった。
用意されていた水を飲みながら当分結婚はやめようと考えた。今の私に”家庭を持って立派になった自分”を見せたい相手はいない。誰かに褒められたくて行動するのは子供の証拠だ。
不思議とすっきりした気持ちになった。起きるには早いが寝なおすには遅い時間だ。なんとなく庭に出ると、遠くから警備隊の訓練の声が聞こえたので見に行くことにした。
「兄さん・・・朝から何やってるの・・・」
「ん? いつも通りだけど?」
兄は笑いながら汗を拭った、どうやらもっと早い時間から警備隊と一緒に訓練していたらしい。昨夜あれだけ飲んだのに。元気だな。
「ハジムもやる?」
そう言って木刀を渡された。
「何を?」
「試合」
兄は短く答えて木刀を構えた。
「嫌だよ、負けるし。」
「そりゃ打ち込んでこないからだよ。」
「人に攻撃するの好きじゃないんだ。」
「勝つ気ないじゃない。」
「兄さん以外になら勝てるよ。」
相手の攻撃をいなし続け、相手が疲れた頃に喉元に剣を突きつける。毎回それで勝ってきたが兄にはそれは通用しない。
兄は気にせずゆっくりと打ち込んできた。仕方なく避けてゆっくりと剣を振り返した。子供でも避けられるスピードだ。兄はそれを剣で受けて近づいた後またゆっくりと離れた。チラホラと警備隊がこちらを見ている。
兄がゆっくりと木刀を横にないだ。私はそれを後ろに飛んで避け、刀を兄に向けて突き刺した。兄は最小限の動きで避け、私の脇腹を抉ろうとする。私はそれを刀で受け止めた。
ゆっくりとした遊びのようなチャンバラで終わらそうと思っていたが、いつしかスピードが上がってしまった。兄の重い一振りに手が痺れる。楽しい。やはり本気で遊んでくれるのは兄だけだ!
「ストップ! 木刀にヒビがはいっちゃった。馬鹿力め。」
兄はそう笑って刀を下した。つまらない。
「・・・結局兄さんには勝てないや。」
「そうかな。いい勝負だったと思うけど。」
「兄さんが魔法使ったら瞬殺でしょ。」
「ハジムに手加減するの難しいからなぁ。・・・殺しちゃう時点で僕の負けだと思うけど。」
勝ったほうが勝ちだと思ったが黙っていた。
「ちゃんと鍛錬してたみたいだね。」
「こっちに来てからはうるさく言われたからね。」
今までは一人で走るのと打ち込みしかしていなかったが、今は定期的に警備隊に指導している。これまでは父と兄に任せきりだったが、これも新しい仕事になった。
「ハジムってこの国で二番目に強いと思うよ。」
「兄さんの次に?」
「うん」
そんなことはない。私は魔法が弱く、実戦で使うとしたら目つぶしぐらいにしか使えない。兄の様に剣と魔法が両方強くてこそ本当の強さだと思う。だが私は曖昧に笑うに留めた。なんだかんだ言って兄は私に甘い。
「そろそろ戻ろうか。昨夜は樽を空けちゃったから、目が覚めたら怒られるよ。」
「誰に?」
「マリア。飲みすぎはよくないんだってさ。」
別に飲んで暴れるわけじゃないのになぜだろう。
「あと、金銭的な意味で。酔わないなら水でも飲んどけばいいのにって。」
兄はくすくす笑った。
「水は・・・あんなに飲めないな。」
「彼女はお酒弱いからね。女の人が家計を握るってのも面白いものだね。」
兄はそう言って警備隊長に解散するように告げ、二人で訓練場を離れた。
「・・・そんなことより、ミツコが私としゃべってくれないんだけど。」
「人見知り期間らしいよ。僕とマリア以外とは喋らないね。」
「半年前はよくわからないことを一人でペラペラ喋ってたのに。」
「子どもって面白いよね。」
兄の満足そうな声に足が止まった。
「兄さんって・・・」
子ども好きだったったけ? それともその子は特別なの? あれだけあちこちフラフラと出歩いていたのに、子どもができた途端にやめたのは、彼女が”特別”だからなの?
「何?」
「・・・探してる人には会えたの?」
兄は少しだけ困ったような顔で笑った。
「会えたよ。望む形ではなかったけど、出会えてそばにいるってだけで満足。・・・死ぬほど会いたかったからね。」
兄はそういうと屋敷に入っていった。私は兄の言葉になぜか泣きそうになった。兄がどれほどまだ見ぬ彼女に恋い焦がれていたか私は知っている。
「よかったね。兄さん」




