50.兄弟の話⑪
王都へと出発する前日はとても晴れて暖かだった。日に日に活発になってきた姪が庭を散歩するというので興味本位で後をついて行った。義姉は少し離れた木陰からこちらを見ている。確かに春なのにもはや暑いといっていい程の日差しだった。
「ミツコ、走ったらコケるよ。」
姪はこちらの声を聞いているのかいないのか、どんどんと庭の奥へ走っていく。かと思えば急に立ち止まり花をじっと見つめ始めた。その横顔を見ながら、ちょうど赤ちゃんと子供の境目の時期だなぁと思った。
「これ、なに?」ミツコが言った。
「花」
「どんなはな?」
どんな花? 見てるならわかるだろうと言ってはダメなんだろうな。
「赤いね。私も名前は知らないけど。」
「おとなでしょ?」
「大人なんだけどねぇ・・・」
ミツコはふんと鼻を鳴らし、立ち上がるとまた奥の方へてててと歩いて行った。ついて行くと幼女は庭の隅の木の下に座り込んだ。
「そんなとこに座ると服が汚れるよ。あっちにベンチや芝生があるから行こう?」
「ここがいいの」
ミツコは自分の隣をぺしぺしと手で叩いた。
「おじさまも、ここ。」
言われるがままに隣に座ると、ミツコはじっと地面の虫を見ている。
「それはアリだよ。」
「しってる」
にべもなかった。見上げれば雲一つない快晴だ。義姉の姿は座った場所からは見えなかった。
「お母様見えないね。」
「うん」
ミツコは顔も上げずアリに夢中だ。私はふと聞いてみたくなった。
「・・・お父様は、優しい?」
「あの人はいつもそう。」
? 自分の父親をあの人って言ってるんだろうか。こんな子供なのに。
「私に甘い。」
会話が噛み合っているようないないような・・・。
「・・・兄さんは私にも優しいよ。きみにも優しいなら、良かった。」
ミツコがやっと顔を上げて私を見た。澄み切った綺麗な水色の目をしている。
「ひとのことは気にしちゃダメよ。」
大人びた口調に苦笑した。
「あんまり気にしてないよ。」
「できることとできないことがあるの。できることだけをやりなさい。」
義姉が普段言っていることだろうか? よくわからないが、笑顔で礼を言ってみた。するともう飽きたのかミツコは大きなあくびをした。強い日差しにあたって疲れたのかもしれない。
「もう戻る?」
ミツコは返事をせずもう一度あくびをした後、私にもたれかかってきた。そのままずるずると下がり私の足を枕にして地面に丸くなった。
「眠いの? 寝るなら屋敷に戻ろう?」
返事はなく、ミツコはあっという間に眠ってしまったようだった。その余りの速さに仰天する。柔らかそうな頬はまだ赤ん坊のようだ。私には下の兄弟も親戚もいない為、小さな子供の相手はほとんどしたことがなかった。太ももにかかる体重と熱さに昔触ったことのある猫を思い出す。
今兄が領地にいるのも、おそらく領主になってくれたのも全てこの子のお蔭だ。兄はこの子が生まれてから一度も長期に家を空けていないという。意外と子煩悩だったようだ。運命の人探しは諦めたんだろうか・・・
心地よい風に私もなんだか眠くなった。目を瞑って今後のことを考える。結婚したら私にも子供ができるだろうか。そうしたらこの家ももっと賑やかになるな・・・
一瞬本当に眠ってしまった。慌ててミツコを起こそうと体を持ち上げたが、そのまま彼女は私の首にしがみついてきた。
「眠いの?」
返事はなくほかほかの体がしがみついてくる。熱じゃないだろうなと思いながら私は立ち上がった。
花の咲く庭を、小さな姪をだっこして歩く。それは悪くない気分だった。
この子が幸せになるといいなと思った。




