45.兄弟の話⑥
それからしばらくして、領地の秋祭りと兄夫婦の結婚を祝う宴が行われた。会場である村の広場では、沢山の人で賑わっていた。父の開会の挨拶と兄のスピーチが終わると、今回の主役であるはずの兄夫婦はまだ義姉の体が本調子でないと言って早々に屋敷に戻ってしまった。だが父は上機嫌で酒を飲んでいた。
私もこれまでは秋祭りの最初だけ参加してすぐに屋敷に戻っていたが、今回は残ってみようと広場の隅のベンチに座ってみた。
遠くから父を眺めると、貧富の差なく酒を酌み交わしていることに気付いた。もちろん父の周りには護衛がいるが、そんなことを感じさせないほど、みんな笑顔だった。
「意外と慕われてるんだな・・・」
「知らなかったの?」
声をかけられて横を見るとダリッチがいた。秋祭りの準備で忙しかったらしく、結局まだ二人で教会には行っていない。
頷きながら、お酒を飲もうとしたらすでに杯は空だった。
「もらってきてやるよ。」
ダリッチは広場の中央へ走り出した。中央にはワインの樽がいくつも置かれている。ドーナー家のからの振る舞い酒だ。誰でも何杯でも飲むことができる。
広場に響く笑い声を聞きながら、義姉に秋祭りの予算を減らすのは止めてもらおう思った。こういった祭りはきっと領地に必要だ。ちなみにクリスマスは寒すぎるので家で過ごすのが普通だ。
ダリッチは小走りにワインを二杯持って戻ってきたので、なんとなく二人で乾杯する。しばらく黙って飲んでいると、通りすがりの人に声をかけられた。
「先生! 飲んでるかい?」「せんせー あたしたちと飲まない?」
いつの間にか知らない人からも先生と呼ばれるようになっていた。次々やってくる人々に返事をしたり、時折酔って絡んでくる人にはダリッチが怒ったりしていると、いつの間にか日が暮れていた。
「・・・ダリッチ、飲みすぎじゃない?」
ダリッチの顔は真っ赤だし、目は虚ろだ。
「酔って・・・ない。」
「子供はワイン薄めて飲まなきゃダメじゃないか。」
「子供じゃねぇ!!」
ダリッチの怒鳴り声も広場の喧騒にすぐにかき消された。辺りにはもう酔っ払いしか残っておらず、みんな怒鳴りあうように話をしている。大声を出したことで余計に酒が回ったのか、ダリッチが地面に座り込んだ。しばらく見ていたが立ち上がる気配がないので取り合えず私も隣の地面に座ってみた。肩に手を置くと明らかに体が熱い。
「子供じゃ・・・」
ダリッチがむにゃむにゃ言いながらもたれかかってきた。それきり動かなくなったので仕方なく、私は肩にダリッチの頭を乗せたまま酒を飲むことにした。この領地の男はお酒が強い。こんな風に数杯で酔っぱらうのは他所からきた人間だからか、子供だからか。
「・・・なんであんたまだ飲めんの・・・」
「ドーナー家の人間は蟒蛇だから。」
「うわばみってなに・・・」
「すごくお酒が強いってこと。」
うわばみ・・・と呟きながら、ダリッチはまた目を閉じようとする。
「コラ、こんなとこで寝るな。」
「なんで・・・」
「なんでって、風邪ひくぞ。」
「あんたのそば落ち着くんだぁ。よくねれそうなきがする。」
「いや、寝るなよ。」
肩を掴んで強引にダリッチを引き離すと、ダリッチはふにゃふにゃと笑った。
「酔っ払いめ・・・」
私はため息をついた。最悪負ぶって帰る必要がありそうだ。そういえばダリッチはどこに住んでるんだろう。うちの屋敷の使用人室か、親と住んでいるのか、それとも別に部屋を借りているのか。よく考えたら私はダリッチについて何も知らなかった。
少し酔いが冷めたのかダリッチは座って目をシバシバさせている。
「一人で帰れる?」
「んー」
「家どこ?」
「んー」
ダリッチは揺れるばかりで会話にならない。以前の私なら、こんな時はさっさと護衛に任せて置いて帰っただろう。そうしないのは私も成長したのか。
「あんたは・・・おれがいた方がいいよ。」
ダリッチが急に喋りだした。今はどう考えても逆だろう。
「そうかな」
「あんた俺がいないと、すぐ年増の姐さんに押し倒されちまう。俺があんたを守ってやるよ・・・」
「・・・あっそう。」
「みんなアダール様を狙ってたけど、結婚しちゃったから、次はあんただよ。みんな領主の家の妻になりたいんだって。若いけどしっかりしててカッコいいんだって。」
私は適当に返事をした。普通に考えたら領主の妻は貴族だろう。夢物語の読みすぎだ。
「あんたは・・・そんなんじゃないのに。」
「うん?」
「諦めて大人ぶってるだけの、ただのガキだ・・・」
そう言うなりダリッチは仰向けにひっくり返った。慌てて手を出して、地面に頭を打つ前に抱きかかえる。ダリッチは完全に寝てしまったらしく目を開かない。そろそろと体を地面におろし途方に暮れた。これはどうしたらいいんだろう。
「自分が運びますよ。」
苦笑いしながら護衛が声をかけてきた。少し飲んでいるようだが酔ってはいなさそうだ。父の護衛だって少々は飲んでいるはずなので問題ない。今日は祭りだ。
「ハジム様はあいつとお戻りください。」護衛はそう言って斜め後ろの男を顎でしゃくった。今日は二人ついていたらしい。
「自分はこいつを連れて帰ります。・・・自分たちは離れてましたので、話は聞いてませんのでご心配なく。」
「心配?」
別に聞かれて困る話はしていないと思う。もっとも生まれた時から近くに護衛がいるのが当たり前なので、今更隠すことも特にないが。
「酔うとバカなことを口走るヤツもいますから。こいつみたいに。」
護衛はそう言って笑うと軽々とダリッチを抱き上げ行ってしまった。私も立ち上がり屋敷へと戻ることにした。広場から離れるとしんとした夜の町だった。月がずいぶんと明るかった。私は明かりを持たずに歩いて帰ることにした。
自分の体の月影を見ながらダリッチに言われたことを考える。
私は、諦めているんだろうか。でも何を?




