43.兄弟の話④
次の週、私は人数分の文字見本を持って教会に行った。書き取り練習用の本は存在するが、貴族向けの為値段が張る。それを複数となるとなかなかの値段となるので苦肉の策だ。
義姉が自腹で教材を買っていることを兄に相談すると、彼女は4年役所で働いていたから金銭的には困ってないのではないかとのことだった。
「彼女はできないことはしない人だよ。」
したり顔で言う兄に、少なくとも信頼はしているのだなと私は少しホッとした。なので私も真似をしたかったのだが、なにせ私は働いたことがなく自由になる金銭はあまり持っていない。
少ない金額で何とかする為に私がとった策は、文字見本を自分で作ることだった。先週の参加者8人分、正直しんどかった。喜んでくれるといいのだけれど。
教会の部屋に入ると笑顔の子どもたちが出迎えてくれた。人数が変わっていなくてホッとした。
文字ばかりでは飽きるだろうと、普段使っている単語のつづりを教えていく。ぐんぐんと知識を吸収していく子供たちに教えるのは楽しかった。心配していたダリッチも大人しく書き取りをしている。授業の最後に文字見本を渡すとみんな喜んでくれた。これで家でも勉強ができると。
帰り際にダリッチが小さな声で聞いてきた。
「これ、高いんじゃない?」
この子は義姉を心配しているだけなのか。私はようやく納得がいった気持ちで返事をした。
「高くないよ。私が作った物だからね。」
ダリッチは目を丸くしてまじまじと文字見本を見た。
「すげぇ・・・あんた字綺麗だな。」
素直な感想に笑ってしまう。笑いながら礼を言うと、ダリッチは小さな声で呟いた。
「あんたは悪い奴じゃなさそうだ・・・」
意味を聞き返そうとしたが、ダリッチはそのまま走って部屋を出て行ってしまった。
教会からの帰り道、義姉と二人で並んで歩いた。馬車を使ってもいいのだが、義姉の希望により歩きだ。せっかくなので私は義姉にダリッチについて聞くことにした。
「あの子はねぇ・・・私をかわいそうだと思ってるのよ。」
義姉は苦笑して言った。
「ドーナー家をひどい悪人たちだと思ってるみたい。なぜかしらね?」
首を傾げられても私にも心当たりはない。父は少々派手好きで女好きだが、特別悪人ではない。規模は違えどちょっと裕福な男によくいるタイプの人間だ。領地経営も特に問題はないように思う。
「彼が私を愛していないからかしら?」
義姉は日傘を回しながら軽い調子で言った。私からは日傘で顔が見えない。
「そんなこと、ないでしょう。」
「ダリッチが聞いたんですって。彼が仕方なく結婚するって言ってたって。」
・・・少し前に兄とそんな話をした気がする。ダリッチは近くにいたのかもしれない。
「でも選ばれたのは私なの。あんなに沢山の女の子の中から、私が選ばれたの。ならそれで十分じゃない?」
義姉が立ち止まって私を見上げた。真っすぐな青い目に私は何も言えなかった。
「だからあなたも気にしなくていいわ。」
義姉はそう言うと歩き出した。私は少し遅れて後をついて行く。
義姉は女性にしては背が高い、けれども私よりは低い。体は華奢だが気が強い。特別な美人ではないが綺麗な目をしている。そして頭がよく、優しい。
確かにドーナー家の人間は悪人だ。こんなに素敵な人を苦しめるなんて。




