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【完結済】生まれ変わったのに始まりません!  作者: 紫藤しと
第二章

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42.兄弟の話③

 義姉は父と相性が悪かった。遠慮なくずけずけと意見を述べる義姉を父は煙たがった。


「私が帳簿の全国統一の発起人だということはご存じでしょう? 私がいるのにこの領地の帳簿が間違っていたなんてことがあったら、王様にも顔向けができませんわ。こちらの使用人は優秀だと聞き及んでおります。ぜひ私にもご指導承りたく存じます。」 


 指導したいのか指導されたいのかどっちだ。と思ったが私は何も言わなかった。どう考えても前半が義姉の本音だろう。だが嫁いできてすぐ家の家計を覗こうとするのはどう考えてもやり過ぎだ。


 渋る父を姉は説得し続けた。結局兄や執事の意見、国王や王妃にも一目置かれているという噂を聞いて父は渋々義姉に我が家の帳簿に関わることを許可した。


 それからの姉は早かった。領地の役所に乗り込み我が家の帳簿関係者と役所の関係者を集めて何度も勉強会を開いた。通常この時期の花嫁は義実家のことを色々覚える期間のはずだが、義姉はそんなことは全く気にせず日々忙しそうにしていた。母は既に亡くなっており、女兄弟がいない我が家には誰もフォローする人がいなかったのもあるだろう。


 役所への指導で手ごたえを感じたらしい義姉は、次は町の商店主への指導も始めた。そして教会で場所を借り、いつの間にか子供たちへ算数の勉強も教え始めた。当時ドーナー領では子供たちに勉強を教えるということはしていなかった。読み書きや算数は親や仕事先で教わるものだったからだ。だがそれでは生まれつき裕福な人間や運がよい人間しか学べないと義姉は主張した。父は怒って平民がそんなことを学んでどうすると怒鳴り・・・この辺りで父と姉は完全に決裂した。以降愛想笑いとちょっとした嫌味を言いあうだけの関係になる。


 私はと言えば、ただ義姉のバイタリティにひたすら感心していた。私にとって一番身近な女性だった母は、父に一度も言い返すことはなく、父の愛人の存在を知ってすらぼんやり笑っている人だった。こんなにも激しく自己を主張する女性がいるとは知らなかった。


 食事の席でも家族の会話がなくなってからしばらくして、義姉から教会で子供たちに教えるのを手伝ってほしいと言われた。その頃の私はと言えば、かなり中途半端な状態だった。


 父は兄に領主を継ぐように言い、兄は拒否し、家の中では弟である私が家を継ぐのではという空気が漂っていた。ただ具体的な動きは何もなく、私は毎日する事がなかった。領内の法律を眺め、たまに警備隊と共に剣をふるう。おそらくそんな私を義姉は見かねたのだろう。義姉の誘いに私は恐る恐る頷いた。


 日曜日の昼、義姉と共に教会に行くと20人ほどが集まっていた。年齢はバラバラで学力も色々だった為、まず字を読める者読めない者に分けてそれぞれに教えることになった。義姉は字が読める者に簡単な算数について説明し、私は字を一から教えた。ダリッチはその中にいた。


 この領地に生まれた子供は必ず自分の名前のつづりを覚える義務がある。なので幼くとも全員自分の名前は書けた。私は一人ずつ名前を聞き、全員に綴らせることで字を教えていった。ダリッチという名はこの地では珍しい。それを幼い男の子に指摘され、ダリッチはこう言った。


「この土地には父ちゃんが夜逃げして来ただけだから。」


 何人かの子供が何かを察したように苦笑した。その中の一人が冷やかすように言った。


「でも今はドーナー様のお屋敷で働いてるんだから、うまくやってんじゃん。」


「え、そうなの?」


 私は驚いてまだ若い彼を見た。十代前半にしか見えずうちで働くにはまだ若い気がした。


「下働きだから知らないだろうよ。」


 ダリッチはそっけなく言った。


「そう言う言い方、ご主人様に止めなさいよー。」


 ダリッチより更に若そうな女の子が呆れた顔で指摘する。ダリッチはぷいと顔を背け喋らなくなった。気にはなったが授業を進めることにする。一通り文字は教え終わったが、一度で覚えられるものでもないだろう。子供たちは小さな黒板に繰り返し文字を書いては消している。


「紙はないのかな。」


 独り言のつもりだったが、なぜかダリッチが突っかかってきた。


「そんな高いもんあるわけねえだろ。この黒板だっていくらすると思ってんだ。」


 ---なぜこんなに喧嘩腰なのだろう?


「いくらするの?」


「・・・俺の十日分の昼飯代ぐらい。」


 それはいくらなんだろう? さっぱりわからなかったが、彼にとっては高い金額らしい。


「そうか。確かにみんな新しいのを使ってるね。これだけの数となると高いんだろうな・・・義姉が買ったのかな。」


「ドーナー家が出さなかったから自腹らしいぞ。あんたら金持ちのくせにケチなんだな。」


 さすがに少々ムッとしたが、義姉の自腹の方が気になる。義姉の方を見ると小さな黒板に何かを書き込みながら説明していた。なんだか楽しそうだ。そしてそちらのグループも真新しい黒板を使っていた。予算を出さなかったのは父だろう。後で兄に話そうと思いながら私はダリッチに向き直った。


「教えてくれてありがとう。義姉個人の出費については、必ず補填するよ。」


「金持ちはかっけーな。」


 話は終わったと思ったのにダリッチはまだ絡んでくる。本当にうちの使用人なんだろうか。 


「俺と年変わらねぇのにポンポン金出せんだな。」


「君はだいぶ年下だろう?」


「4つしか変わらないよ。」


 ということは彼は14才か。平民の子供だと14才ぐらいまでは小遣い程度の仕事だけで、ちゃんとした給料がでるのは15才以降だ。


「まだ子供じゃないか。」


「あんただって子供だろう!?」


 ダリッチの大声に部屋中の人間が振り返った。


「18才は子供じゃない。」


 私が静かに言い返すと、向こうから立ち上がった義姉が割り込んできた。


「私から見ればどっちも子供よ。ダリッチ、大人しくできないなら摘まみだすわよ。」


 ダリッチは小声で謝り、黙って書き取りを始めた。義姉は彼の頭を一撫でして席に戻っていった。義姉には従順なのに、私には突っかかってくるのはなぜだろう。気にはなったが他の人の質問に答えているうちに忘れてしまった。

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