40.兄弟の話①
兄にできない事などなにもなかった。
誰にでも愛想よくなんでも卒なくこなし、偉ぶることもなかった。優しい自慢の兄だったが、同時に少し恐ろしくもあった。
幼い時はその恐ろしさの理由がわからなかったが成長するにつれ気が付いた。兄は周りの人間のことなど全く眼中になかったのだ。あんなにも常に多くの人に囲まれて、みんなが兄を称賛しているのに、兄は笑顔で会話をしているのに、全く相手のことなど見ていないのだ。
兄はずっと何かを探していた。自分だけは兄の味方でありたいと思っていたが、兄はそれすらもやんわりと拒否した。残念ながら自分では役不足らしかった。
私にとって兄は、憧れであり少し怖い人だった。
ダリッチと初めて会った時のことを、私は覚えていない。何かの用事で町に出た時に会っているらしい。ぼんやり覚えているのはこちらを睨みつけている少年の顔だ。領主の息子を睨みつけてくる子供は中々いなかったので覚えていた。後日ダリッチになぜ睨んでいたのかを聞いてみた。
「苦労知らずの金持ちのボンボンに見えてムカついた。」
とのことだった。確かにダリッチの家は貧乏で幼いころから苦労したらしい。その為ダリッチは人より早い14歳ぐらいからドーナー家の小間使いをするようになった。当時私は王立学園を卒業し領地に戻ってきたばかりで、新しく増えた小間使いのことなど気づいてもいなかった。それよりも長い間独身を通していた兄がやっと結婚するというので屋敷中が浮だっていた。
「兄さん、領地に戻らないってどういうこと?」
私は屋敷の裏で兄を問い詰めた。
「ん? 時々は帰ってくるよ。」
「そうじゃなくて、次の跡継ぎは兄さんでしょ? 皆早く兄さんが軍人を辞めて後を継ぐのを待ってるのに。」
「軍人は辞めないよ。結婚は周りがうるさいからするだけ。」
けろっとした顔で言う兄をみて私は絶句した。昨日のお披露目パーティで幸せそうな顔をした兄の婚約者を見たばかりなのに。
「・・・人に言われて結婚できるなら、軍人だって辞められるでしょう?」
「それとこれとは話が別だよ。これは、僕が心から望んでいることだから。」
兄は微笑んで言った。「だから、次の領主はハジムがよろしくね。」
鼻歌でも歌いそうな気軽さで言うと兄は去って行った。そんなに軍人になりたかったのだろうか? 確かに王立学園に通っているときから軍に出入りして色々やっていたみたいだけど。
ただこの国で軍の役割は治安維持と王族の警備だけだ。それは有力貴族の持つ護衛隊と大して変わりがない。何が兄をそこまで軍に惹きつけるのだろう。
兄とその婚約者はひと夏をこの領地で過ごす。夏の終わりに町を挙げて二人の結婚を祝い、王都に戻ってまた結婚を祝うパーティを開催する。通常なら幸せいっぱいの二人のはずなのに、なぜこうもスッキリしないのか。
「兄さんだからな。」
私はため息をついてその場を立ち去った。屋敷の外も中も花嫁の目と髪の色である青い花で溢れている。




