38.始まりません
次の日の朝食の席で、すでに捜索隊は出発したと聞かされた。
「あ・・・そうなんですか。」
「あなたに直接謝罪をということだったけど、必要ないでしょう?」
母がパンをちぎりながら言う。
「ええ、まあ。」
「どうせドーナー家はしばらく軍部から手を引くし・・・関わるだけ損よ。」
これは母なりに私を心配してくれているのだろうか。曖昧なまま私は頷いた。別に謝って欲しいわけじゃない、強いて言うなら私に対する態度を根本的に改めてほしいが、それは無理ってものだろう。
食卓に沈黙が流れた。うん、あんな紫の奴はどうでもいいんだ。そっちじゃなくてさ・・・
「あの、このままでいいんですか?」
切り出したのはダリッチだった。食後のお茶の器を握りしめている。
ダリッチは何年も前から叔父のパートナーとして家族団欒に参加することを許されているが、基本空気に徹している。こう言った場で話しだすのは珍しい。
「ダリッチ?」
叔父が心配そうに聞いた。
「もっと、探さなくていいんですか?」
叔父と母と私が顔を見合わせた。
「探したじゃないか。一緒に行ったよね?」
叔父が宥めるように言う。
「あんなの湖周辺をちょっと見回っただけじゃないですか。もっと本格的に捜索するべきでは?」
「王都からの捜索隊が探したそうよ。」
母が冷たく言う。
「そうじゃなくて・・・心配じゃないんですか? アダールさんは今どこかで怪我をして動けなくなってるかもしれないのに。」
意外な言葉に私は目を瞬いた。父が? 窮地に陥っているかもしれない?
「・・・ありえないわ。」
「だからなんでそう言い切れるの!? あの人だって万能じゃないでしょうに。」
ダリッチがムキになった。相変わらず冷静沈着メガネに見せかけてちょっと子供っぽい人だ。
「あなたも長い付き合いなんだからわかるでしょう? あの人を倒せる人なんていないわよ。」
母が相変わらず冷たく言った。これはこれでダリッチを身内として認めている感じがする。屈折してるけど。
「いるかもしれないでしょう! アダールさんだって人間なんだから。」
母と叔父の目が交差した。
(あの人、人間だったっけ? )
(わかりません)
・・・的な会話が見て取れた。
「ダリッチ、実はね・・・」
「ミツコやめなさい。」
まだ何も話していないのに母に止められた。なぜだ。
「あなたも本人から直接聞いたんでしょう? 彼はこの国最強の軍人よ。あの人が勝てない相手なら誰にも勝てないわ。」
「一人ならダメでも集団でなら」
「もういいわ。」
母はダリッチの言葉を遮って立ち上がった。
「そんなに探したいなら一人でも、うちの警備を使ってでも探しなさい。許可するわ・・・いえ、今じゃあなたの方が偉いわね。好きにしなさい。」
薄笑いを浮かべて母は退室した。部屋に沈黙が落ちる。
「ごめん」
ぼそりとダリッチが叔父に言った。私もいるんだけどな。
「僕たちは・・・兄にできないことはないって、思い過ぎてるのかもしれないね。」
叔父が優しく言う。
「ただそれぐらい兄は常に圧倒的だったんだよ。ダリッチは年が離れてるから知らないかもしれないけど。」
「そんなに離れてないよ。」
「10近く離れてるじゃないか。」
「そんなの大したことじゃない。」
私はあわてて咳ばらいをした。姪の前で痴話喧嘩は勘弁してもらいたい。
「とにかく、父を心配してくれてありがとうダリッチ。私たちも別に心配していないんじゃないの。ただ・・・置いて行かれたような気がするだけよ。」
最後を早口で言うと私は急いで立ち上がった。今のは言わなくてよかった。言わない方がよかった!
「とにかく、探してもいいとは思うけど、私も難しいと思う。昨日来てた紫の男、あれかなりの魔法実力者よ。あの人にわからなければ多分誰にもわからないと思う。」
「・・・捜索隊の隊長のこと? 知り合いだったの?」
「知り合いじゃないけど・・・」
叔父の訝し気な視線にしどろもどろになる。昨日叔父の目の前で初対面の会話したもんなー。 実際ちゃんと話したのは昨日が初めてのはずだ。こっちが一方的に前世から知っていただけで。
「有名だから! みんなお父様の陰に隠れちゃうだけで、他にも実力者はいっぱいいるから! 探してもいいかもね!」
我ながら支離滅裂な事を話しながら、私はとっとと部屋を出た。探せと言ったり無駄だと言ったり。何が言いたいんだ私は。
首を振りながら歩いていると、廊下の端から第一執事と第二執事がきた。何やら真剣な話をしているようだ。第一執事の眉間の皺が深い。
「お嬢様、マリア様は自室に戻られたようですよ」
第一執事はこちらを見つけると、柔和な笑顔で言った。私はそれを無視して第二執事をじっと見つめた。三十は過ぎているはずだが、まだまだ若く見える。見つめられた彼は少し目が泳いだ。
「ねえ、私たちっておかしいのかしら?」
第二執事はさらに狼狽えた。何かを言いかけた第一執事を無視してさらに私は問う。
「おかしいっていうか、変わってる?のかしらね。どう思う?」
「・・・私は、ドーナー家の皆様しか存じませんので・・・」
そうだった。彼はこの家で執事になる為に生まれ育った人間だった。父とそれを取り巻く人間が世間的に見てどうかということを知りたかったのだけれど、確かに彼には難しい問題だろう。
「気になりますか?」
第一執事が笑顔で割り込んだ。
「成長期なのよ。」
それはそれはと言いながら第一執事は礼をして去っていった。第二執事も慌てて後に続く。どうやら聞く人間を間違えたらしい。
庭でも散歩しようかと思ったが、クマと話した夜のことを思い出し慌てて談話室に入った。クマは元気・・・だろうけど、次会うのはいつなんだろう。そういえばとっくに4月に入っているけど、仕事はどうしたんだろう。まあ現役軍人も捜索隊にいたし、クマも公務としてきてたんだろうけど。
「始まらないなぁ・・・」
数日前にやっと何かが始まった気がしたのに。叔父の言葉を思い出す。
”日常的に顔を合わせる相手じゃない限り、一度すれ違うとすれ違ったまま年月が過ぎてしまうよ?”
なんだこのフラグ。私はため息をついてさらにソファに沈んでいった。




