37.愛とはどんなものでしょう
結局捜索隊は一泊二日で帰ってきた。旅行か。
問題ないとは思っていても全員怪我無く戻ってきたことにホッとする。山も湖もなんの異常も見当たらなかったらしい。
これで国への報告は正式に”湖の水位が一時的に異常に下がり、調査に行った領主が行方不明になった”となった。このまま何も起こらなければ、一年ほど父の帰還を待った後、叔父が領主就任となるだろう。叔父とダリッチの結婚をいつにするのか本人たちは何やら言っていたが、それは今更どうでもいいだろう。この世界に戸籍はなく、結婚=みんなに夫婦になることを周知し祝福される(ただし反対があれば不可)だ。反対があった場合は教会が仲裁に入ることになっているが、この二人はずっとこの地におり、もはや暗黙の了解になっているので反対する者もいないだろう。
夕方帰ってきた捜索隊を労うため、簡易な立食パーティが開かれた。
髪も目も紫の男が言う。
「魔法の残滓を探して山の中まで分け入ったのですが、見つけれられず誠に申し訳ございません。」
私は母と叔父の横で笑顔を保ちながらその長々とした言い訳を聞いていた。
というかよく見たらゲームにでてくる人じゃないか。生徒会の・・・副会長だったかな? お調子者キャラだがやる時はやるZE☆的なキャラだった気がする。どうやら今は軍部におり、今回の捜索隊の隊長に命じられたらしい。
「ただ、これは私にしかわからなかったようですが、うっすらと強い魔法が使われた痕跡がありました。非常に薄っすらとだったので、私にしかわからなかったようですが、私にはわかりました!」
何回言うねん。どうやらお酒に弱いらしい。私はといえば、なぜかしょっちゅう目が合うクマと目を合わさないように視線を彷徨わせていた。
「魔法の残滓ですか・・・私にはわかりませんでしたが。」
叔父はちゃんと相槌を打っている。
「私にはわかりました! 非常に薄っすらとだったのでわかりにくかったですが、ありました。ただ非常に薄っすらとだったので何の魔法が使われたのかはわかりませんでした。というより、あれは私が、いえ、私でさえ知らない高度な魔法だった可能性があります。」
・・・確かに紫の男は無茶苦茶魔法の力が強いという設定だった。だから本当に彼らの使う魔法を感じ取ったのかもしれないなと思う。ただそれこそチートの塊である魔王サマ相手には、ちょっと感じ取れるぐらいじゃ全然意味ないけど。
ふと横を見るとさっきまでいた母がいなくなっていた。話の長さと退屈さにうんざりして適当に消えたのだろう。見事な手際だ。
私が感心していると、急に話の矛先が私に向いた。
「お嬢様もさぞかしお辛いことでしょう・・・パプル無念です!」
「いえ、捜索隊の皆様には十分にお力を尽くして頂きましたわ・・・急なことで皆様もさぞお疲れでしょう。今夜はゆっくりして頂きたいわ。」
にっこりと暗にもう寝ろと言っているわけだが、もちろん通じない。この男は貴族のはずだが。
「いえいえ、口惜しく今夜は眠れそうにありません・・・アダールさんには本当にお世話になっているんですよ。本当に、いつか倒したかった。」
ん?と思ったが、遠い目の本人から邪気は感じられない。
「私が心底負けたと思った相手はアダールさんとあと一人だけです。本当に勝ちたい相手には勝てないものですね・・・」
紫の男は人で回想モードに入ったようだ。いつのまにか叔父は少し離れてダリッチと話している。私はまたクマと目が合ったので慌ててそらした。
「昔好きになった女の子がいたんです。でも彼女は僕の友人と結婚した・・・悔しかったです。でも二人とも大好きだったから祝福しようと思ったんです。今でも祝福しています。でも心にぽっかりと穴が開いているんですよ・・・あなたもそうでしょう?」
急に話を振られて仰天した。途中まで初期ヒロインに振られた話だなあと思って聞いていたのに。
「私ですか? 私は別に。」
「確か長年の婚約を破棄されたと伺いましたが。・・・失礼ちょっと酔っているようです。」
嘘だ。確信犯の目つきでこちらを見ている。
「そういうこともありましたね。」
私はにっこりと笑った。こういうのは隙を見せたらダメだ。
「ただ私どもは便宜上の仮の婚約でしたから。心を寄せる相手ができれば離れるのは当然のことですわ。彼とは今もよい友人です。」
「嘘だね。」
失礼な言い草に思わずムッとした。なんなんだコイツ。
男は私の左腕を掴んでささやいた。
「愛はそんなもんじゃない。愛は執着だ。友人になんてなれるわけがない。」
至近距離で顔を覗き込まれ、ぶん殴りたくなった。だが利き手である右手は中身の入ったグラスを持っている。これを相手に叩きつけるべきだろうか・・・
「隊長、飲みすぎですよ。」
クマが割って入った。遅い。ずっと見てたくせに。
クマはやんわりと隊長の手をはずし、私を背に隠した。ちょっとカッコいい。
「突然なんだい? 君たち知り合いなの?」
「ええ、同級生ですよ。」
クマが軽く答えた。
「同級生と言っても貴族と平民だろう。特にそのお嬢様は気位が高いって有名じゃないか。」
こいつ口説きたいのかバカにしたいのかどっちだなんだ。腹立つ。
クマは薄ら笑いを浮かべて返した。
「隊長の元カノも平民だって聞きましたよ。」
男はそれを聞くなりクマに殴り掛かった。私は近くにいた使用人に庇われすぐさま退室した。背後から何かが割れる音が聞こえる。
「前代未聞ね。」
歴史あるこの迎賓館で暴力沙汰とは。
「まあ、血の気の多い若者ならしょうがないことですよ。」
第二執事が穏やかに笑った。ちなみに第一執事の息子である。
「お嬢様もお年頃なんですねぇ。二人の殿方に取り合いをされるとは。」
どうやら冗談で私の気を紛らわせたいらしい。私も努めて軽く言った。
「ええ、意外と私もモテるのよ。」
執事に付き添われ自室に戻る。深呼吸を繰り返してやっと手の震えが止まった。私は箱入りのお嬢様なのだ。暴力沙汰なんて耐性がない。
「エピローグの後か・・・」
私はため息交じりに呟いた。
ヒロインに振られるとあんな屈折した人間になるのか。彼は明るいお調子者キャラだった筈だ。
愛とやらが彼を変えたのだろうか。
彼の言う通り、愛が執着だとするならば、わたしはまだ、愛を知らない。




