30.到着
ざわざわした気配に目を覚ますと、既に領地に着いていた。
促されるままに馬車から降りる。陽は完全に落ちていたが、地面の明るい。空を見上げると満月だった。星も結構な数見える。
「ミツコ、お帰り。」
穏やかな声に視線を戻すと、叔父がやや呆れたような顔で微笑んでいた。
「只今戻りました。叔父様。それにダリッチも。お出迎えありがとう。」
「ずいぶん急なお戻りですね。」
つんけんした態度を隠さないのは、黒髪メガネのツンデレ こと、領主代理補佐のダリッチだ。
もっとも私に対してデレたことはないので、ツンデレは希望的予想だけど。奈津子は元気かな。
「疲れただろう? 夕食は食べるかい?」
「ええ、軽くいただきますわ。」
ダリッチが小声で無視しやがってとかなんとか言っているが、それこそ無視だ。
叔父にリードされて屋敷に入る前に、軽く後ろを振り返る。クマは誰かと話をしていた。用心棒だからね、仕事してるんだろう。
身内しかいないので、簡単に身だしなみを直すとすぐに夕食をとった。
スープとポテトと白身魚。食べながら当たり障りのない近況を聞く。私の方は婚約破棄をして暇なので仕事しようと思うと言うに留めた。どうせ知ってるだろうし、取り繕うような仲でもないし。聞いているダリッチの顔が妙に歪んでいたが、知ったこっちゃないし。
食後のお茶を飲むころには私の頭は冴えていた。昼間あれだけ寝たのだから当然だ。眠れる気がしないと思いながらお茶を啜っていると、叔父が言いづらそうに切り出した。
「ところでクマンドのことなんだけど・・・部屋は別館にしたから。」
何の話だ。護衛ではなく客人として迎え入れたということだろうか。
「そうですか。急な移動だったものですから、みなさんお疲れでしょう。今晩はゆっくりできるといいのですが。」
「いや、そういうことじゃなくて・・・あの子はミツコのなんなの? 兄さんは彼を君の隣の部屋にしろって書いてたけど。彼氏?」
・・・未婚の娘に夜這いをけしかけてるのか? うちの親はそこまで適当か?
「お付き合いはしていませんわ。ただ将来的にはそういった可能性が無きにしもあらずといった感じです。」
私は努めてにっこり笑った。漫画なら額に青筋マークが出ていただろうが。
「そういう顔するとマリアさんにそっくりだな。」
ダリッチがぽつりと呟いた。とりあえず軽く睨んでおく。
「えーっと、彼は今後出世するっぽいし、わが領としても彼を優遇するのはやぶさかではないのだけれど・・・君はどう思っているの?」
「ただの同級生だし、もしくはいつかは結婚する相手かもしれませんわ。」
叔父は苦笑した。ダリッチが余計な口を挟む。
「その割には食事は別に取るって言われたみたいだけど、見込みないんじゃない?」
黙っていたら知的メガネに見えるんだから、本当黙っててくれないかなこのメガネ。
「・・・初耳ですが、お疲れだったのでしょう。」
叔父がダリッチを無言でたしなめている。
コップはもう空だ。そろそろ席を立ってもいい頃間だ。
「ミツコ、年長者として言わせてもらうと、日常的に顔を合わせる相手じゃない限り、一度すれ違うとすれ違ったまま年月が過ぎてしまうよ? だから、すれ違いたくない相手とは、ちゃんと話した方がいいと思うな。」
叔父の言葉にダリッチがうつ向いた。
この二人に過去どんなすれ違いがあったのか、私は詳しく知らない。この世界はそこまで同性愛に厳しくはないが、生真面目な叔父が色々悩んだであろうことは想像がつく。父は軍部に入ったので、叔父が領主を継ぐのが自然な流れなのに、いまだに叔父が領主代理なのもそういうことなんだろう。
「・・・ご忠告、痛み入ります。」
私はそう言って立ち上がった。そして廊下にいたメイドに、クマンドを中庭に呼び出すよう頼んだ。




