3. 報告
「おはようございます。お父様、お母様。」
後から部屋に入ってきた両親は軽く微笑みながら朝食の席に着いた。普段通りだ。いつもと変わりない父の顔を見ながら、父が20歳若ければ攻略対象だな・・・などと考えていた。ようするにうちの父は顔がいい。
「昨夜は馬車を一人で使ってしまい申し訳ございませんでした。」
「問題ないよ。お前送ったあと、すぐに馬車は会場に戻ってきていたからね。」
そうだったのか。知らなかった。
「あら、あなたなんて放っておいても自力で帰ってこられるでしょうに」
「酷いこというね。確かにその通りだけど。」
両親が微笑みあっている。さすがにこの夫婦の貫禄に、ピンクのヒロインが割り込む隙はないだろう。
「うちの家は全然馬車を使わない家として有名だからね。たまにはいいんじゃないかな。」
和やかに食事は進み、食後のコーヒーを飲みながらようやく母に質問された。
「そういえば、あの子とは結婚しないの?」
心配そうにこちらを見つめる青い目は、本当に心配しているのか、さっきまで忘れていたのか、よくわからない。
「はい。あちらに好きな人ができたようで。」
「あらあら、おめでたいこと。」
嫌味なのか、心底めでたいと思っているのか、こちらもわからない。
「良かったんじゃないですかね」
「正式な破棄でいいのかな? 一応口約束とはいえ、向こうの家との兼ね合いもあるんだけど。」
父が割り込む。そうね、ここ13年ほど婚約者っていう体だったものね。
「結構です。元々犬除けでしたし」
肩を竦めると両親はそろって苦笑した。犬とはもちろんあだ名、もとい隠語で、正式名称はタロという父のいとこの子供で父のストーカーだ。
なぜかタロは幼いころから父のことが大好きで、会うと毎回突進してきていたらしい。五歳にもなると一人で家を抜け出し、この屋敷にきて父に会わせろとのたまっていた。犬と呼ばれる所以である。
父はほとんど仕事で不在だったため、母や私で対応していたところ「この家の子供になりたいから俺と結婚しろ」とせまってくるようになった。最初はやんわりと断っていたが、あまりにもしつこいので元婚約者と婚約していることにして正式に断りをいれた。
同時に父から「自分のように強くなりたいなら農業を覚えるべし」という今考えると全く意味の分からない助言をもとに、領地に放り込まれ10年帰ってこなかった。
学園入学のタイミングで王都に帰ってきたが、なんと10年経っても父大好きは変わっていなかった。ただ私のことはどうでも良くなったらしく、そういえば娘がいたね、ぐらいの扱いになったが。
「まあうちの領地も必ず世襲制って訳でもないし、私もマリアも当分座を譲る気もないし、ゆっくり考えたらいいよ。こちらもそうする。」
マリアは母の名前だ。青い髪と目をした水の魔法をもつ雰囲気美人。私は父の赤髪と母の青い髪を混ぜたような濃紺の髪と目をしている。見た目はどちらかというと母に似ている。父に似たかった。
その後少し話し合い、当初の計画通り夏前頃に家族全員で領地に戻ることになった。
今は3月なので3カ月ほどの暇な時間ができた訳だ。父は世襲制ではないとは言ったが、私の知る限りうちは代々世襲で領地を治めてきたはずだ。色々と丸く収めるにはやはり私が結婚して夫婦で今の両親の仕事を受け継ぐのがいいだろう。うちの両親はかなり優秀なので実際の仕事はほかの人がやるとしても。
しかし結婚相手探しって乙女ゲーっぽいね。これはやはり悪役令嬢がヒロインだったパターンなんだろうか。やだ、なんか照れる。