29.休憩
思いがけずしっかり寝ていたらしい。メイドに起こされると、村に着いたので昼食を取ると言われた。
王都とドーナー領を移動する際は大体皆この村で食事と休憩をする。顔なじみの店だ。
昼食の席にクマはいなかったが、気にしないことにした。食事を平らげ強張った足腰をほぐす為に少し散歩をする。馬の休憩も兼ねているのでしばらくは動けない。
私は伸びをして、村の端っこから辺りを見回した。王都とドーナー領に挟まれたこの地は、地面が固く農作に向いていないため牧畜が盛んだ。土地は広いが人は少ない。今は過疎化が進んでいるようで来るたびに心配になる。ただ人が少ないが故に警備が楽らしく、今もそばにメイドと、離れたところに警備が一人いるだけだ。
「用心棒のくせに・・・」
私は小声で呟いたが、メイドは返事をしなかった。そうだ、独り言に返事をしてはいけない。返事をするならわかりやすくするべきだ。
しばらく散歩をした後、馬車に戻った。御者が出発できるというので出発することにする。先に馬車に乗り込んでいると、遅れてクマが乗ってきた。
私の非難がましい視線に気付くと、クマは無言で肩をすくめた。
「仕方ないだろ。」
「これってお父様の差し金?」
「だろうね・・・あと警備隊も面白がってる。」
動き出した馬車の外に目をやったが、相変わらず並走しているはずの警備が見えない。確かに面白がっていそうだ。
「何が面白いの?」
「俺をからかうのがじゃない?」
そっちなのか。
「ドーナー家の警備隊とはなんだかんだでよく会うし、可愛がられてると、思う。」
なぜ学生とうちの警備隊がよく会うことがあるのか。
「俺、貴族のパーティ会場の警備とかよくしてたから。基本は同級生の貴族から頼まれてのバイトだったけど、ドーナー家の警備に認められてるってことになって声かけてもらったり・・・今日一緒に来てる二人は今もドーナー家の警備隊に入れって言ってくるな。冗談だとは思うけど。」
クマは意外とうちの家と関りが深かったんだな。
「ちなみにシャルルに頼まれてパーカー家のパーティーに出たこともある。いつも通り外で警備するつもりだったけど、なんか会場に入れられて、あんたとシャルルが踊るのを見たりしたよ。」
「・・・昨日お母様から聞いて知りました。」
「だろうね」
クマはしたり顔で頷いた。どういう意味だ。
「シャルルはなんか知らないけど、俺も踊らそうとしてさ。柄じゃないってすぐ逃げたんだけど・・・そういえばその後ぐらいから前世を思い出し始めたような・・・パーティがなんかのきっかけなのかな?」
さあ? 私に聞かれてもわからない。
「まあつまり、今回の依頼を受けたのは、あんたの親父さんと警備隊のみんなへの今までの礼を兼てるんだ。流石にもうバイトする訳にもいかないし。」
「今後は警備される側になるだろうしね。」
「宰相候補とか周りが言ってるだけだよ。本気にするなよ。」
「そう?・・・お父様が本気を出せばできそうだけど。」
「いや、別に俺はなりたくないし・・・てか何? なって欲しいの?」
「・・・面白そうだし?」
なんだそれとクマは鼻で笑った。
「俺は金稼いで教会というか、孤児院をもうちょっと豊かにしたいんだ。今は貴族の支援もあって、平民でも希望すれば最低限の勉強が教われるようになってるけど、もっと広げたいというか。」
「王立学園じゃダメなの?」
「あそこは平民には狭き門過ぎるよ。それにそんな専門的なことじゃなくて、読み書きとか算数とかでいいんだ。もちろん王都は恵まれてる方だったわかってるけど。」
若いのに偉いなぁと私は思った。
「政治で実現できそう?」
「それが出来たら最高だけど、難しいだろうね。だから、俺は別に金を稼げる仕事ならなんでもいいんだよ。」
「・・・つまりうちの警備隊に入ってもいいってことじゃない?」
「・・・いやいやアダール様が許可しなかったら無理でしょ。」
今なら簡単に許可する気がするなあ。あの人の早く孫が見たいって言うのは本気だと思う。クマには言わないけど。
それにしてもクマのことで知らないことが多すぎるな。数週間前までろくに知らなかった人だからしょうがないけど。
「・・・あれ、ひょっとしてまだ二週間経ってない?」
「何が?」
「卒業パーティから」
クマが考えるそぶりをしてから頷いた。「経ってないね」
「結構怒涛だな・・・」
本当なら今頃、シャルルと正式に婚約を結んでいる時期だ。なのになぜか違う男と馬車に乗っていたりする。人生は不思議だ。
しばらく二人とも黙って馬車に揺られていた。日差しはいい塩梅に温かく、眠くなってくる。
「着いたらもう夜だね。」
「うん?」
特に眠くなかったらしいクマが顔を上げた。
「クマ君は明後日帰るんだよね?」
「うん。別に明日でもいいんだけど。」
「馬がなかったんじゃない?」
「ドーナー家がそんなことあるかよ・・・」
そうなのかな? 確かに馬は、王都でも領地でもいっぱい飼ってるけど。
「一緒に流れ星見たって言ってたじゃない?」
「・・・うん」
「私本当に覚えてないんだぁ。見てみたいな。流れ星。」
「・・・ひょっとして、吉田酔ってる?」
「うん? 昼食にワインを少し飲んだけど、別に酔うほどじゃないよ?」
でもなんだかふわふわする。温かいせいだと思ってたけど、酔ってるのかもしれない。大きなあくびがでたので顔を隠す。
「無茶苦茶眠そうじゃん・・・」
確かに眠い。うん、眠いな。あくびが止まらない。別に昨日眠れなかったせいじゃないよ。
「俺、馬車メイドさんと代わるから、寝たらいいよ。車止めてもらうね。」
クマはそう言うと御者と話し始めた。いい奴だなぁ。
「ねえクマ君・・・」
「ん?」
「クマ君の下の名前なんだっけ・・・」
ちょうど馬車が止まってクマの返事は聞こえなかった。私はそのまま眠ってしまった。




