28.出発の日
まだ太陽が昇っていない時間に私は屋敷から出た。
屋敷の前には馬車が二台、護衛として並走する馬が2頭いた。御者とメイドが一人ずつと護衛二名、プラス用心棒一人。これ用心棒いらなくない?
「おはようございます、お嬢様。」
護衛二人が駆け寄ってきた。見知った顔だ。少し遅れて用心棒も駆け寄ってきた。なんだかよくわからない顔をしている。照れているような、怒っているような。
「おはようございます。準備はもう出来ているかしら?」
「はい、いつでも出発できますよ。」
護衛が短く答える。両親への挨拶は昨夜済ませた。私は見送りに来た執事に短く別れを告げ馬車に乗り込んだ。今日は長い道のりになる。
続けてメイドが乗ってくるのを待っていたら、入ってきたのはクマだった。
言葉にならない私をよそに、馬車はゆっくりと動き出した。
「なんで・・・あなたがここにいるのかしら?」
「護衛なので」
「普通別でしょう!?」
大きくなった声に口を押える。案外外にも聞こえているのだ。
「俺もそう言ったけど・・・あんたんちの護衛に言えよ。」
思わず窓の外を睨んだが、護衛の姿は見えなかった。二人並走している筈だが。
「すげえ囲い込まれてる感じ。」
クマが肩をすくめた。なんだそれ。モテ男のつもりか、クマの癖に。
「別に取って食おうというつもりはありませんわ。お仕事前の貴重なお休みですもの、ゆっくりなさってね。」
私は優雅に微笑んだつもりだが、クマはうさんくさそうな一瞥をくれただけだった。クマの癖に。
お互い無言のまま時が流れた。馬の蹄の音と車輪が回る音、鳥の声しか聞こえない。天気もいい。
「長閑ね・・・・」
独り言のつもりだったが、クマから短く肯定の言葉が返ってきた。
改めてクマを見るとうちの警備の服ではないが、似たような乗馬服を着ていた。傍らには剣が置いてある。
「剣も使うの?」
「ん? まあ一応、そこそこ使える。」
「そういえばお父様が、あなたはドーナー領に来たことがあるって仰ってたけど、いつの話?」
「学園に入る前にドーナー家の護衛に誘われた。その前のお試しで一度・・・あんたもいたけど。」
雇われ中なのにあんたはとはなんだ、と思ったけど流すことにする。しかしそんなに昔の話なのか。学園に入る前は両親と一緒に年の半分を領地で過ごしていたからその行き帰りの話なんだろう。両親と一緒に移動する際は護衛も多いから、その中にいたんだろうか。
「・・・あんた本当にまわり見てないのな。」
呆れたような物言いにムッとする。
「護衛の人はお父様の管轄だもの。百人いようが誰もいなかろうが、受け入れるだけよ。」
「顔とか見ないの?」
「・・・人数多いから覚えられないわ。」
みんな同じ服着てるし、なんとなく見たことあるような人が沢山いるし。そもそも業務連絡以外に話すことなんてないし。いつの間にかいなくなってたりもするし、覚えたってしょうがないじゃないか。
「そういうの、苦労しない?」
「・・・うるさいなぁ」
小声で呟くとクマは苦笑した。
「そっちの方がいいよ。変にお嬢様ぶられると疲れる。」
「お嬢様ぶってる訳じゃなくて、お嬢様なんですけど。」
「もういいよ、そういうの。今日は長いんだからさ、気楽に行こうよ。」
そういうのって雇い主が言う事では?と思ったが渋々頷く。夜まで気まずいままは嫌だ。
「えっと、その三年前? 三年半前か。その時の話なんだけどさ。」
クマが手元を見ながら話しだした。
「あんたの親父さん、っていうかドーナー家が定期的に優秀な人をスカウトしてるのは知ってる?」
自分で自分を優秀って言ってるのか、確かに優秀みたいだけど。
「普通じゃない? どこの貴族でもやってると思う。」
「まあそうなんだけど、ドーナー家は待遇がいいって有名なんだよ。だからバイトに誘われたとき嬉しかったんだ。たぶんベルデが推薦してくれたんだと思うけど。」
ベルデ・・・あの緑の仕立て師の子か。なるほど、教会、ベルデ、お母さまラインだ。
「それで喜んで受けた。普通15歳なんて小間使い程度だと思うけど、ちゃんと馬車の横を馬で並走してたりしたよ。人じゃなくて荷物が乗ってる馬車の方だったけど。」
つまり私の視界に入ってないってことでは? それじゃ覚えてる訳ない。
「向こうの領地について次の日に、親父さんに簡単に稽古つけてもらった。その時に言われたんだ。『君、あんまり剣に向いてないね』って。」
「そうなの?」
「いや、俺はそれまで剣で生きていこうと思ってたんだよ。だからはぁ?ってなって。しかも魔法もやめとけって言われたんだよな。『君は小賢しいんだから、政治やりなさい。』って。」
なにもかも初耳だ。
「それまで俺字読むの苦手でさ、勉強って苦手意識あったの。当時は前世とか思い出してなかったけど、たぶん日本語じゃないっていうのに拒否反応起してたんだろうな。でもそう言われて真面目に取り組んだら思ったより簡単だった。びっくりするぐらい。」
50年ぶりの秀才と言われたクマにそんな過去があったとは。
「しかもいつの間にか王立学園の入学試験受けることになっててさ、受けたら一位合格だった。・・・だから俺、アダール様には感謝してるんだよ。」
ちょっと意外な話だった。以前クマを軍部にスカウトしたというのは聞いていたが、進路相談みたいなことまでしていたとは。
「お父様って、色々やってるのね。」
「そうだね。しかもその時にはすでに俺の前世も知ってたんだよなぁ・・・俺いまいちあの人の考えてることわかんないんだけど。」
「私はなんとなくわかるかな・・・今の私は、あの人にとって『愛する人の面影のある娘』なんだと思う。だから、親子愛はあるけどちょっとどうでもいいというか、お前じゃないみたいな顔する時ある。だからクマ君のことも気にしてないんだと思うな。」
「・・・ややこしいんだな。」
そこで私は気付いた。
「え、だからクマ君も私のこと好きにならないの? そういうこと!?」
「声大きいと外まで聞こえるぞ。」
私はあわてて口を押えて窓の外を窺った。相変わらず護衛の姿は見えない。これはもうわざと離れてるんだろう。変な気まわしちゃって。
「ここで好きになってもらえないんなら、魔王サマ捨て置いて転生した意味ないよね・・・」
「あのさ、随分勝手なこと言ってるっていい加減気付いて?」
クマが怒った顔で私を見つめた。
「そう?」
「うん。前世の記憶があるからって前世と同じ行動する訳ないでしょ?」
「そうなの?」
「あのさぁ・・・あんただってそうでしょ? 前世も俺のこと好きじゃなかったし、今も俺のこと好きじゃないでしょ?」
クマの語気が荒い。
「・・・つまり私は前世と同じ行動してるね。」
「あ」
クマはヤバっという顔をしてそっぽを向いてしまった。
「・・・そういえば確認してなかったけど」
頑張れ私、空気を読むな。
「クマ君は何代か前から私のことが好きで転生しても追いかけてきたって聞いたけど、前世も私のこと好きだったの?」
クマはそっぽを向いたまま答えない。なんだこれ。泣きそうだ。
しばらく手をいじいじしながら返答を待ったが、一向に返事はなかった。私も諦めて反対の窓の外を眺めた。
なんとなくクマは前世も私のことを好きだったという仮定があったが、実際には特にそれらしい行動はなかった。事実だけを思い起こせば、私とクマはただ高校でクラスが一緒だっただけだ。そんな人は何十人もいる。
「なんでクマ君は転生したんだろうね・・・」
独り言のつもりだったが、返事があった。
「そんなの、あんたに会うために決まってんだろ。」
は? 今なんて? なんか言った?
言葉が思いがけなさ過ぎて、私は無言でクマを振り返った。クマはずっと同じ窓の外を見てる。まるで何もしゃべってないかのように。
え? 今のなに? 誰が喋ったの?
クマを凝視するが全くこっちを向かない。
何これ。空耳? 願望が聞かせた幻聴?
しばらく待ったがクマがあまりにもこちらを見ないので、諦めてまた窓の外を眺めることにした。どうせ夢だったんだ。
窓の外は代り映えしない牧草地が続き、私はいつの間にか眠ってしまった。




