26.続・日曜日
二話更新一話目です
戻ってきた母に奈津子の雇用許可を願い出ると、母は貴族的笑みで沈黙した。
「・・・ミツコ。我々ドーナー家が人を雇う際は、それなりに必要があって雇います。まず、その者の技量が優れており雇用に値すること。もしくは庇護が必要な場合や、他家との付き合いでお嬢さんをお預かりすることもあるわ。そちらの方はどれに当てはまるのかしら?」
「技量が優れていると・・・思います。」
「優秀な方だとは聞いているわ。だからこそ一代貴族になれたんでしょう。でもそこで職を得ているなら、私たちが庇護する必要はないわね?」
母はあくまでも優し気に奈津子に微笑んだ。
「それともうちを通して結婚相手を探してらっしゃるのかしら?」
「いえ! どちらかと言うと結婚したくありません。」
「それなら尚のこと今のお仕事を続けた方がよいのではなくて?」
「あの、今お世話になっているタタン様から縁談を持ちかけられておりまして、お断りしているのですがどうしてもご納得頂けないのです・・・」
「それはタタン様に直接お伝えすることだわ。」母はきっぱりと言った。
「5年前、地方から出てきた何者かもわからないあなたを、支え育てたのはタタン様でしょう? 誠意を持ってあなたが説明する義務があるのではないかしら?」
奈津子は沈黙した。母は次は私に向けて言った。
「あなたも。お友達ができたのは結構だけど、はしゃぎ過ぎよ。」
私たちは頭を下げ、退室するしかなかった。
また談話室に戻ってきた。
いい天気だなぁ。窓辺のソファに腰を下ろすと、隣に来た奈津子がポツリと言った。
「あんたのお母さん怖い。」
「うん」
「さすが国一の才女」
「うん」
沈黙に気を利かせたメイドがお茶を運んできた。二人でお茶を飲みながら庭を眺める。
「さっきの、結婚を迫られてるって初めて聞いた。」
「あー・・・楽しい話でもないからね。しかもタタン様は百パーセント善意だから。・・・私も『仕事に生きます!』って言いきれない後ろめたさもあってね。」
「そうなの?」
「うん。今の仕事そこまでやりがいないし・・・暇だから結婚するって結構あるあるなのよね。でも男と暮らすなんて嫌だ。」
「なっちゃんて男嫌いだっけ?」
「別に。ただ面倒くさそうだなって。家事やら育児やら・・・好きでもない男の為にさ、面倒じゃない?」
「貴族と結婚すれば?」
「私のところにくる縁談は貴族の次男坊以下よ。よくて領地で贅沢三昧かな。私は王都に居たいのよ。」
家事育児を全くやりたくないのなら、確かに金持ちの貴族に嫁ぐしかない。しかも王都限定となると。
「難しいね」
「うん。私も前世の記憶ありで転生したんだからさ、何かあるのかなって思ってたんよ。でも今のところ何もないねぇ。田舎からでてきて、一代貴族になって、順調かと思ってたんだけど・・・結局役所と家を毎日往復するだけの生活だもん。・・・同僚と食事に行ったりはするよ? 連れてかれたパーティーで貴族の男と踊ったりもした。でもなんかね・・・これじゃないって気持ちが消えなくて。なんて言うんだっけ? ワナビー? もう丸っきりそれなんだよね。」
ワナビー・・・wanna beか。何者かになりたいけど何者にもなれずにさまよう人だったかな。
「だからみっちゃんとか熊田に会って前世の話するの楽しくてさ、はしゃいでたのは私だね、ゴメン。」
再び沈黙が落ちた。
奈津子が家事育児をやらず、楽しく暮らしたいのであればドーナー家に雇われるのが一番いい。でもそれではダメだと母は言う。
「それでなっちゃんどうする? タタン様と話す?」
「それしかないよねー・・・でも何を話せばいいのかな? タタン様は代々田舎からでてくる学園生の保護をされている大貴族だよ? 家事も育児も、田舎の農民の暮らしも知らない人に、私は何を言えばいいのかな? 話が通じる気がしないよ・・・」
奈津子は項垂れた。奈津子が言う「何者かになりたい」という要望は確かに大貴族には理解しにくいだろう。でも普遍的な若者の悩みではある気がする。
「結局、何者かにならなきゃ解決しないんだよね?」
奈津子は苦笑した。「まあ、何者かってなんだって話だけどさ。」
「家出してみるとか?」
「家出!? なんで? どこに?」
「ドーナー領に来たらいいんじゃない?」
「それ、ドーナー家に迷惑かからない? すぐ見つかりそうだし。」
「大冒険してみるとか」
「・・・別に冒険願望はないな。野宿とかしたくない。」
「仕事で超出世してみるとか」
「あー・・・それが一番現実的かなあ。たぶん仕事するって言えば、じゃんじゃん仕事任されそうな気配はある。大変そうだから避けてたけど。」
「大変な思いしないとダメなんじゃない?」
奈津子は苦い顔で私を見た。
「そうだね・・・」
それきり話は弾まず奈津子は帰っていった。




