20.曇りのち晴れ
夜中に一度起きて服を脱いだ後は、朝まで何も食べずに眠っていた。窓の外は晴れ。とてもスッキリした気持ちだった。
朝食の席で母に簿記を習いたいと言ったら、少し考えた後「4月になったらね」と言われた。決算でもあるんだろうか。三月もあと10日ないし、別にいいけど。
朝食後ぼんやりと自室考えた。日曜日は奈津子がくるけど、それまで何をしよう。前世を思い出す前は何をして日々を過ごしていたんだろう。なんか思い出せないな。
部屋の中をうろうろ歩いて、衣裳部屋を開けた。そういえば学園の制服はどうなったかと探したが、すでに跡形もなかった。おそらく寄付してしまったのだろう。情緒の欠片もない。
春用の普段着を確認する。全て見知ったものばかりで特に新調する必要も感じなかった。次に春用のドレスを確認する。一番手前に綺麗な青のドレスがあった。
「卒業パーティの、ドレスね。」
ノースリーブのシンプルなドレスだ。肩の部分は水色で襟はスクエアカット、胸元から色が青に変わり、キュッと絞ったウエストからふんわりと膨らんだスカートになっている。スカートの途中からは沢山のビジューがつけられていた。色は下にいくにつれ青から濃紺に変化している。
「そういえば、いたなあ。」
ドレスを作るときスカート丈をふくらはぎあたりにしたいと言ったら目を丸くしていた緑の男の子がいた。ずいぶん若いと思ったが、母のお気に入りと聞いていたので何も言わなかった。いや、興味がなかったんだな。ちなみにふくらはぎあたりにしたいと言ったのは、丈が長すぎると動きづらいからです。
服のビジューを撫でてみる。きちんと取り付けられている。だがパーティで感じたほど大量のビジューではなかった。じゃああの時私が見た、大量の星はなんだったんだろう。
(星を見てたんだ)
クマの声が聞こえた気がした。思い出せなくてもやもやする。高1の時一緒に星を見たらしいけど、そこで何かあったんだろうか。どうして私は卒業パーティで唐突に前世を思い出したんだろう。
断捨離でもしようかと思って入った衣裳部屋だったが、ただもやもやしただけだった。
部屋をうろうろ歩き回っていると、ノック音がして父が入ったきた。
「今日ハーパー家に行くんだけれど、君も一緒に行くかい?」
元婚約者の家に? なぜ?
「シャルルはいるけど、例の女の子はいない。私は父親同士で話がある。・・・君の話じゃないよ? うちとハーパー家の付き合いは続くからね。一度話をするのもいいんじゃないかと思って。」
「・・・ずいぶん急ですね。」
「今思いついたからね。」
父は真顔で言って、あけたドアにもたれた。「確かに急だから別に断ってもいいけど、こういうのってさっさと終わらしちゃった方がいいんじゃないかな。」
・・・そうかもしれないな。ちょうど暇だったし。
「承知しました。行きます。」
支度が出来たら教えてと父は言い残して去っていった。本当に急だな!昼過ぎじゃないのか。
慌ててメイドを呼び髪とメイクを整えてもらう。服は淡い黄緑のワンピースにした。白いレースのボレロを羽織って鏡の前に立つ。令嬢コス、と心の中で呟いた。
ハーパー家には何度も来たことがある。もはや第二の家とも思っていたが・・・実際そうなる予定だったが、今は他人の家だ。なのになんだか懐かしい。
シャルルは強張った顔をして私と父を出迎えた。ハンサムが台無しだ。
私たちは追い立てられるように二人だけで庭の東屋に座った。ここでお茶を飲むのも、庭を眺めるのも、幼いころから何度も繰り返してきたことだ。
「久しぶりね」
「そうだね・・・」
シャルルは力なく言った。そこはまだ一週間しか経ってないとか言ってほしかった。よく見たら目の下にクマができてる。もはややつれたと言ってもいいかもしれない。
「あまり元気そうじゃないわね。」
「そうだね・・・」
シャルルはずっと下を向いている。それでも、シャルルと一緒にいるのは気が楽だった。これは長い年月のせいなのか、慣れなのか。幼馴染の特殊効果なのか。
「もうここには来ないかと思っていたけれど、どうやらそんなこともないみたい。うちとハーパー家の付き合いは続くんですって。」
「ありがたいよ、本当に・・・」
シャルルは俯いたままだ。お茶にも手をつけていない。
「・・・あのお嬢さんは元気?」
意地悪を言ってみたくなったのはシャルルのせいだ。シャルルがやっと顔を上げた。
「君には本当に申し訳ないことをしたと思っている。」
上げた頭をまた下げた。
「少なくともあんな場所で言うべきじゃなかった。どうかしていた・・・」
それは全くその通りだ。ただ、あのシナリオ書いたの私なんだよな。
「・・・仕方ないわ。そうする必要があったんでしょう。」
「そんなものないよ・・・ただ、あの時はとても気分が高揚していて、自分が神にでもなったような気分だったんだ。どうかしてたよ。」
それはシナリオを書いた時の私の気分だったのかもしれない。テンプレ断罪だ!ひゃっほい!な勢いで書いた。今は反省している。シャルルは優しい子だ。キャラがぶれたのはぶれたシナリオを書いた私が悪い。
「どうしようもない事って、あるから。・・・あの子とはうまくやれそう?」
「どうかな・・・彼女、向かい合ってるときは大丈夫だけれど、違う方を向いているときは、僕のことなんて忘れてる気がする。」
? それはヤバい話だな。というか普通に新しい彼女の相談を元カノにしてるな、この子。
「あなたのこと好きじゃないのかしら?」
「そうかもしれない。でも・・・僕はそういうの慣れてるから。」
シャルルは苦笑してやっとお茶を飲んだ。
「どういう意味?」
「君だって僕のこと好きじゃなかったじゃない。」
「・・・あなたは好きだったの?」
「子供のころからずっとね。でも君はそうじゃないこともわかってたよ。」
今度は私が目を反らす番だった。ちゃんと私の気持ちに気がついてたんだな・・・でもお互い様だと思ってたけど。
「ずっと君の心はここじゃない場所にあった。それが悔しくて寂しくて・・・言い訳にしかならないけど。」
確かに言い訳だ。でも考えるほどに私が悪いような気がする、前世のシナリオライターとしての才能も含めて。
「ごめんなさい」
「君が謝ることじゃないよ。」
「ううん、私は確かにあなたのこと、顔がいいだけの子供だと思ってたわ。」
シャルルの顔が引き攣る。
「あなたのこと、きれいなお人形程度にしか思ってなかった。こんなに長く一緒にいたのに、全然あなたに向き合ってなかった。・・・あなたはずっと私に優しくしてくれていたのにね。」
「ミツコも優しかったよ。それなりに。・・・ただ僕に興味を持っていなかっただけだ。」
シャルルは苦笑している。私もつられて笑ってしまった。
「私、ずっとあなたに酷い態度を取っていたのね。本当に、ごめんなさい。」
改めて頭を下げる。シャルルはいい子だ。私の作ったキャラだけど、ちゃんと生きて考えてる。
「気にしないで、って僕が言うのも変だなあ。」
二人で顔を見合わせて笑った。この子には幸せになってほしい。これはたぶん親心だ。
最後になるであろう二人だけのお茶はこのまま穏やかに終わった。
シャルルはうちの母から教わった帳簿つけの技術を生かして商店に就職したらしい。そのうち家を出て独立し、街中で平民のように暮らすだろうとのことだった。跡取りではない貴族だとたまに聞く話だ。
「今までありがとう。君の幸せを心から願ってる。」
私が馬車に乗り込む前、シャルルはそう言った。
相変わらず王子様みたいにきれいな顔だった。




