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2.なんの物語?

 ひどくぼうっとしたまま家につき、やはりぼうっとしたまま眠りについた。そして目が覚めた時にはイセカイテンセイとか、アクヤクレイジョウという単語を思い出していた。


「昨日のあれは悪役令嬢の断罪シーンか・・・」


 小さな声で呟いてみる。カーテンの向こうはまだ暗い。人が起こしに来るまでまだ時間はあるはずだ。


 見た夢の詳細は思い出せないが、私は前世で日本の女子高生だったようだ。特になにもない平凡な生活を送っていた気がする。そして全く思い出せないが死んだらしい。早死したのだろうか? 早すぎた死を嘆いて異世界に転生したのだろうか? だとすると問題は。


「ここなんの物語よ・・・」


 ベットの中で寝返りをうつ。平凡な女子高生だったので漫画はそれなりに読んでいた。小説も色々読んでいたがここ最近はほとんどミステリーばかりだった気がする。乙女ゲームはアプリを少しやって止めたのと、体験版だけやってやめた有名ゲームの記憶しかない。


 悪役令嬢といえば乙女ゲームのはずだが、最後までプレイした記憶がないのはどういうことだ。異世界転生ものの漫画やアニメは見たことがあるので、テンプレについては知っているが、どれも主人公の名前すら思い出せない。


「こういうのって大好きな物語に転生するもんじゃないの・・・?」


 薄暗い部屋に向かって問いかけてみるが返事はない。ただの独り言のようだ。

 ため息をついて寝返りをうつ。頬にあたるすべすべとした布も、うっすらと漂う花の匂いもこれはこれで長年親しんだものだ。18年間、私はこの世界で生きている。それと同時に、日本の女子高生だった記憶も確かにある。あれが夢だなんて思えない。だいたいこちらの世界はまだ馬車で移動しているのに、車だの飛行機だの私が考えつける訳がない。あ、スマホもないな。四六時中スマホを手放さなかった私なのに。


 ハハッと小さな声で笑ってみた。前世はこんな風に笑うネズミが大人気だった。


「仕方ないな」


(ミツコって死ぬほどドライだよね)


 そう言ったのは同じクラスのなっちゃんだったか。もう顔も思い出せないけど。


とりあえず状況を整理してみよう。



 昨夜は王立学園の卒業パーティだった。この世界に成人という言葉はないが、殆どの貴族の子どもは王立学園に15歳で入学し、18歳で卒業する。卒業と同時に行政に就職したり、結婚したり家業をつぐ為の準備を始めるのが普通だ。


 私も卒業後の予定は、ぎっしり決まっていた。来週あたりに正式な婚約、挨拶まわり兼ねたパーティに顔を出しながら挙式準備、挙式、領土にもどり領主としての仕事を覚えるという手筈だった。正直やることが多すぎて始まる前から憂鬱だった。


「あ、もう結婚しなくていいんだ」


 昨日振られた・・・名前も思い出せない金髪の男の子、確か同い年の幼馴染だった。親同士仲が良く子供の年も同じとなると、すぐに婚約となるのがこの世界だ。私たちは幼い時からなんとなく一緒にいることが多く、このままなんとなく結婚するのだと思っていた。少なくとも私は。


「別に嫌いじゃなかったけど・・・」


 まあ別に好きでもなかったもんねぇ。綺麗な顔した男の子だなとは思っていたけれど。あの子は、横にいたピンクの髪の女の子に恋をしたんだろうか。


「ピンクの髪といえばヒロインよね」


 確か体験版でやった乙女ゲームのヒロインもそうだった。乙女ゲームとは、序盤は顔のいい男子が色々意地悪なことを言ってきて、それに負けずに地道にステータスを上げていくものだとなっちゃんは言っていた。最初にツンケンしていたイケメンがだんだんデレてくるのが乙女ゲームの醍醐味だと。


 ただ私は攻略対象がデレようと何しようとときめかなかったので体験版だけでやめてしまい、なっちゃんにひどく文句を言われた。


「あの初対面の女の子に失礼なこと言いまくる社会不適応者どもが、ある日愛を囁いてくるのが面白いのに!」


 だそうだ。そんなこと言われても攻略対象に興味が持てなかったのしょうがない。なので当然その攻略対象たちの顔も名前も覚えていない。ひょっとしたら元・婚約者はあの乙女ゲームの中にいたのだろうか?


「・・・これっぽっちも思い出せない」


 次行こう。元・婚約者の腕にしがみついていたピンクの髪の女の子。・・・髪の毛しか思い出せない。あんな子学園にいたっけ? 


 ・・・いや待て、あの体験版だけやったゲームはそもそも学園物じゃなかった。卒業パーティで婚約破棄はどう考えても学園物のイベントだ。そうなると、私がやったことのある乙女ゲームは一瞬だけやったアプリの乙女ゲーだが


「確か30分ぐらいでアンストしちゃったんだよね」


 学園物だった気がするが、初対面から全力で口説かれて、心の遠心力に従いすぐアンストしたのは覚えている。それだけしか覚えてない。


「次行こう」


 あとはアニメだ。少女漫画テイストのものと、少年漫画テイストのものがあった気がする。アニメ化されるだけあって、どれも楽しく見たような気がするが、今の状況に当てはまるものはあっただろうか・・・


 自分が悪役令嬢に生まれかわったことに気付き、断罪される前に心を入れ替えて素敵な人生を歩む。


 これがいわゆる悪役令嬢転生の王道だ。状況から自分のことを悪役令嬢ポジだと思い込んでいたが、別に私悪いことしてきてないしな。教科書を破いたり、階段から突き落としたりしてない。取り巻きに悪ことをさせるパターンもあるけど、取り巻きいないし・・・そもそも友達もあんまりいないし・・・。悲しくなってきたからやめよう。悪役令嬢は濡れ衣を着せられるのもよくあるパターンだ。


 別の角度から考えてみよう。あのピンクの子がヒロインの乙女ゲーだった場合、攻略対象の男の子が複数いる筈だ。少なくとも5人ぐらいはいないとゲームにならないだろう。一人はあの金髪だとして、残り4人は誰だろう。あ、一人ぐらいは教師とか他学年の可能性もあるな。


「・・・いたっけ?」


 あの金髪の美形具合を考えると、他のキャラも当然美形の筈だ。


 よくあるパターンであるところの「学年一の秀才」は熊みたいないかつい平民の男だった筈だ。少なくともキラキラはしていない。


 あとは「学年一剣が強いやつ」であるところの灰髪の男の子は、故郷に残してきた婚約者にぞっこんで、口を開けば彼女と故郷の話しかしなかったので学年中から生ぬるい目で見られていた気がする。ヒーローっぽっくない。


 あとは・・・「学年一魔法がうまいやつ」は赤みがかった髪の私の親戚だ。確かにこいつなら顔はまあまあなので可能性はある。だが私の父に憧れて、憧れすぎてストーカーと化している。そういうのもヒーローになれるんだろうか。


「残念枠かもね」


 私はため息をついて寝返りをうった。窓の外がだんだん明るくなってきた。屋敷の中で人が動いている気配がするが、私が起きるのはもう少し後でいいだろう。


 あとは先輩だろうか。確か入学した時の生徒会長はかなりのイケメンだった気がする。


 後輩については全然印象にない。そもそも同級生すらあまり覚えていないだからどうしようもない。教師はすべて既婚者だった気がする。王立学園の教師職は人気があるので生徒に手を出したらすぐクビだろう。


「となると攻略対象は3人?あと私が気付いてない数人がいればギリアリか・・・」


 よし、攻略対象が数人いるいたって普通な学園物乙女ゲームの世界であるとしてみよう。ヒロインはピンクの子、メイン攻略対象はあの金髪、私は金と権力に物を言わせてヒーローと婚約していた悪役令嬢だ。


 あれ、違和感ないな・・・確かに婚約は口約束だけだったとはいえ、うちの家から言い出したことだ。加えて先方の家より金と権力を持っている・・・


「私ホントに悪役令嬢だった!?」


 ちょっと落ち着こう。こういうのはヒーローが好きだから、ヒロインに奪われたくなくて悪役令嬢になるものだ。私全然あの金髪好きじゃない。よって嫌がらせもしない、本当は別に結婚にも興味なかった。よし証明終了。


 わざわざあんな人前で婚約破棄なんてことをしなくても、口頭でゴメンっていえば両家は納得したはずだ。金髪とは幼馴染として長年一緒に過ごしてきたが、全く恋が芽生えなかったのは周知の事実だからだ。


 ・・・行き詰ってしまった。だが私の気持ちさえ脇に置けば、状況は典型的な乙女ゲームのエンディング間近だ。



・よくあるパターンその①

”悪役令嬢がひどい目にあって主人公は幸せに暮らす”

 断固抗議したい。私が何したっていうんだ。だが可能性は高い。


「酷い目ってなんだろう・・・」


穏便な所で修道院行き、もっと悪くて他国への追放、最悪は処刑とかだろうか。マジで私が何をしたというのか。



・よくあるパターンその②


”前世の知識を生かして自力で運命を切り開く”


 異世界転生で悪役令嬢が主役の物だと、これもよく聞く話だ。ぜひこちらでお願いしたい。だが私に特別な専門知識はない。思い当たるストーリーもないのでこれから起きることを先読みすることもできない。


「これ積んでる?」


 寝ていられなくなったのでベッドから起きだした。自分の手から水を出して顔を洗う。


 そういえばこの世界には魔法がある。ただ大体の人間は弱い魔法を少し使えるだけなので、特に気にしてない。私の魔法能力もまったく大した事がなく、手から少量の水とかそよ風が出せるぐらいだ。日常生活では魔石という超便利なものがあるので、それを駆使しているのが普通だ。割と安価で出回っているので、奪い合うということもない。


 クローゼットから今日着る服を選んだ。片隅に学園の制服があって、少し嫌な気分になった。早く処分してしまおう。制服が足りない平民に譲ってもいい。


 服を脱ぎ、シンプルなワンピースに着替えながらふと気が付いた。この世界ってファスナーもボタンもゴムもあるけど、いったいいつの時代をイメージしてるんだろう? たしか前世ではちゃんとした服を着るには細かいパーツを沢山紐で留めなくてはいけないので、偉い人ほど一人では服を着られなかったような。


 一応礼儀として部屋を出る前に呼び鈴を鳴らして、今から朝食をとると伝える。両親もすでに起きていて一緒にとることができそうだ。そういえば昨夜、父と一緒に馬車で家を出たのに私一人馬車にのって帰ってきてしまった。お詫びしなければ。

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