19.曇りの日
二話更新二話目です
次の日も黙々と刺繍を続けた。
昼食後、再び刺繍に取り掛かろうとして急に嫌になった。
刺繍とか裁縫とか全然好きじゃない。好きじゃないけど猛烈にやりたくなる時がある。
「前世だったらパズルゲームしてたのにな。」
独り言をいいながらベッドに転がる。少し頭が痛いのは眼精疲労と肩こりのせいだろう。慣れないことをするから。
あーあ、失恋って生まれて初めてかもしれない。いや失恋じゃないか、ただ振られただけだ。
「どっちも嫌だ!」
小声で叫んで足をバタバタ動かす。はしたないとか知らん!
頭の中に懐かしいメロディが流れている。刺繍している間もずっと流れてた電子音、まるでBGMみたいな・・・ああ、前世働いていた会社のパズルゲームのBGMだ。
その会社は昔パズルゲームを大ヒットさせた、ゲーム好きには有名な会社だった。
私は大学は辛うじて卒業したものの、就職が決まらずレジ打ちのバイトをしていた。そんな時に知り合いからこの会社のバイトを紹介されたのだ。紹介といっても募集してるらしいよ程度だったが、なぜかすんなりと合格し私はそこで働き始めた。
時給だったが給料もよく、なにより念願の事務の座ってできる仕事ということに私は満足していた。そうだ、最初はその程度だったんだ。
担当はリリースしたばかりの乙女ゲームアプリだった。サポート業務という名の雑用だ。会議室の予約、議事録の作成、各スタッフへの締め切り催促、スケジュール調整、上層部に報告する用のパワーポイントの作成、リーダー宛のメールを代わりに返信したり・・・忙しかったが楽しかった。
当初乙女ゲームはパズルゲーム以降パッとしない会社の中で、次のヒットを期待されていた。上司であるリーダーもそれに応えられるように頑張りますなんて言っていた。
私は入社して数か月で、バイトから契約社員に転籍した。異例の出世、期待の新人なんて言われて有頂天だった。今思えば、リーダーが辞める穴をなんとかして埋めようという一部の人の苦肉の策だったんだろう。
それから数か月後プロジェクトリーダーが退職した。最終的には上層部との喧嘩別れだったという。
リーダーが辞めてからは地獄だった。仕事ができる人なのは誰もが認めていたが、こんな量の仕事をこなしていたのかというほどの仕事が後に残された。
新しいリーダーはなんとか状況に対応しようとしていたが、途中から完全に諦めて適当に仕事をするようになった。そうするとなぜか私の元へ仕事が押し寄せるようになった。そんなこと私が返事してもいいんだろうかという事も、新リーダーのいいんじゃない?という投げやりな一言で私の仕事はどんどん増えた。
チームの士気は下がり、辛うじて合格ラインと言われていた売り上げも下がり続けた。
すると会社はシナリオライターの単価を下げると言い出した。怒ったライターはプロジェクトから出て行った。体の良い追い出しだ。代わりのシナリオライターなんていくらでもいると会社は思っていたらしいが、悪評と単価の悪さでそこそこ有名な会社にも関わらず次が決まらなかった。
仕方なく私が繋ぎで書くようになった。
(乙女ゲームのシナリオなんて誰でも書けるでしょ? プレイする人はさぁ、綺麗なイラストとか、有名声優の声にお金払ってんだから。)
そう言ったのは上層部のお偉いさんだった。私のデスクまで来てそういった後、肩を叩いて帰っていった。定時ぴったりだった。でもあの人は直接見に来るだけ優しかったのかもしれない。
私が書いたシナリオは評判が悪かった。ド素人だし、そもそもキャラクターをちゃんと理解していなかった。ファンはちゃんと以前からのシナリオを読み込んで、キャラクターを愛してくれていたのに。
テコ入れの筈だった一周年イベントは新作スチルと取り卸しボイスでなんとか凌いだが、会社が期待していた売り上げには全く届かず、更なるテコ入れを要求された。
そこで新たにヒロインを作り、攻略対象を大幅に増やすという禁じ手を使った。結果は散々だった。
(新しいゲームでやれ。なぜこれをこのゲームでやろうと思ったのか。前の生徒会のキャラを捨てる気か。)
全ての原因は私にあると言われているようで辛かった。この頃には私は完全に病んでいた。
おまけに私が新しいヒロインの話を作っている間、誰かが繋ぎで書いた生徒会の話が評判が良かった。それが更に私を追い詰めた。
もうここからは記憶が曖昧だ。毎日交互に解熱・鎮痛剤と胃薬を飲んでいた。奈津子からの連絡も返信しようと思っているうちに何週間も経っていた。常に体も頭も重く、気が付いたら泣いている時もあった。限界だった。
そんな感じで私は死んだ。確か最期は事故だったと思うが、地面に倒れ、自分の体から血やらなにやらが流れていくのを見ながら、やっとゆっくり眠れると思ったのを覚えている。嬉しかった。
「いや、嬉しいのはおかしいだろ。」
私は枕を抱きしめて呟いた。今ならわかる。
最初のリーダーが辞める時ゴメンねと言っていた意味も、シナリオライターが辞める時、あなたも早く逃げた方がいいよと言っていた意味も。
期待の新人なんて言われて調子に乗っていた私を、気の毒そうに見つめていた人たちの気持ちも。
あの会社には生贄が必要だった。みんな自分は生贄になりたくなくて、要領よく逃げてたんだ。私が世間知らずで馬鹿なのを察して。
窓の外は相変わらずどんよりと暗くて部屋の中は寒かった。私の気持ちと連動しているのかもしれない。だって私がこの世界を作ったらしいし。
設定が雑? そりゃ詳しい設定見つけられなかったからだ。
私が持っていた設定はどう考えても初期版だった。詳細設定はおそらくライターさんが持っていたんだろうけど、誰にも引き継ぐことなくプロジェクトからいなくなってしまった。ギャラの未払いもあったらしいし仕方ないだろう。アイデアは有料だ。
鬱々とした気持ちが抜けきらず部屋の窓を開けた。冷たい風が入ってきて寒い。もう3月も終わるというのに。
4月からの生活を真面目に考えてみる。一旦結婚は置いておいて、真面目に領地の仕事を覚えるべきだろう。逃げ腰だった母の帳簿つけの仕事をやってみるか・・・今考えると簿記なんだろうな。私が物知らずでも、新しい人がちゃんと世界の設定を増やしてなんとかしてるじゃないか。
「誰か私の人生もなんとかしてくれませんかね・・・」
小声で呟いてみる。こういう所がダメなんだろうな。わかってはいるけど。
私は神にはなれない。魔王サマに翻弄されるのがお似合いの、矮小で卑屈な存在だ。
(あなた疲れてるのよ)
頭の片隅で誰かが囁いた。そうだ、私は疲れている。ワンピースを着たままベッドに潜り込んだ。
疲れているときは眠るのが一番だ。




