13.話し合おう
疲れきっていたが私の心は凪いでいた。眠る準備を整え、人払いをしてベッドに横たわる。
そうして彼女を呼んだ。
じきに壁も天井もない真っ白な空間に着いた。彼女は白い床に座っていた。髪も肌も服も白くて、なんだかゆらゆらしている。横にしゃがみこんで触ろうとすると水のようなものに阻まれた。この水が揺れるので彼女がはっきり見えないらしい。
「別に見えなくてもいいじゃない。」
彼女が笑う。これは私であって私じゃない、もう一人の私だ。
短く肯定してひんやりとした床に座る。どこまでも白いので、まるで海の真ん中に座っているようだった。
「久しぶり? なのかしら?」
私の質問に彼女はクスクス笑った。
「そうでもあるし、そうではないとも言えるわね。どっちだっていいわよ。」
「ただの挨拶よ。」
「聞きたいことだけ聞きなさいな。」
彼女が水の向こうで優しく微笑んだ。弧を描いた口元だけはっきり見えてすぐに消えた。
「今の状況を簡単に説明して。」
「難しいこと言うわねー。・・・うーん、彼の愛が重くなったから別の人生も歩んでみたなぁと思って貴方ができたの。もう一人の私ね。」
私は上を見上げてため息をついた。大方の想像はしていたものの、こうやって聞くと酷い女だ。
「でも貴方が消えたり変わったりはしてないのね。」
「もちろん。私は今も彼を愛してるわ。」
彼女が微笑む。これはこれで事実であることを、私は知ってる。
「ちょっとした浮気心よ。何回も生まれ変わってると他の人から愛されたりもするから。・・・クマとかね。」
彼女はクスクス笑いながら言った。
「あの子、ここ何回もついてきてるのよ。覚えてる?」
「前回だけじゃなくて?」
「そう、前々回も、もっと前も。」
楽しそうに笑う彼女にちょっと引く。これはモテ自慢だろうか。
「可愛くてね。彼と歩む人生もありかなって思ったの。・・・もちろん、あの人が許すわけないけど。でも、たまにはいいじゃない。ねえ?」
ねえって言われてもねえ。
「私は浮気用の人格ってこと?」
彼女の眉が下がったのが見えた。
「・・・そんな酷い言い方しないで。クマを好きになっただけよ。でも同時に私はあの人を愛してる。同じ人生で同時に二人の男を愛することはできないから。・・・人によってはできるかもしれないけど、あの人は独占欲強いから無理ね。」
彼女はクスクス笑う。ずっと笑ってるな、何がそんなに楽しいのかな。
「それで? 聞きたいのはそれだけ?」
「・・・つまり貴方たちはずっと長い間くっついたり離れたりを繰り返してるのね?」
「離れたのは2回前からよ。それまではずっと一緒だった。出会う時期は色々だったけど、必ず死ぬ前までには巡り合って愛し合っていたわ。」
「あ、そう」
どうしようかな、聞きたいことは山ほどあるのにどうにもこうにもイライラするな。
「結局私はどうしたらいいの?」
「それを私に聞くの?」
水面越しのきょとんとした彼女と目が合った。そしてすぐにぼやける。目は青かった。
「あなたは私。宿命から外れる恋をした私。あなたの強い想いでこの世界ができたのよ。だから・・・好きにしたらいいわ。この世界はあなたのものなんだから。」
私は遠くを見てため息をついた。
「・・・前の私は死ぬほどこの世界のことを考えてたのかしら?」
「うん? そうね、死ぬ直前までこの世界のことを考えてたわね。正確に言うとゲーム?とかいう仕事のことをだけど。」
「馬鹿みたい、死ぬまで仕事するなんて。」
「そうよー。恋もせずに死んじゃったわ。ずっと恋ばかりしてきた反動なのかしらね?」
彼女が頬に指を添えるのが見えた。この天然愛され女め。
「それで魔王サマはいつまで追いかけてくる訳?」
「魔王? それってあの人のこと? いつの間にそんなに偉くなったの!?」
彼女は声を上げて笑った。「まあそうね、確かに魔力はどんどん強くなってるから、もう魔王に近いのかもね。・・・えっと、いつまで追いかけてくるのか? そりゃ愛し合える私と再会するまでよ。」
「・・・あなたと私は同時に存在できるの?」
「そりゃ別の世界なら可能よ? あなたとクマの世界、私とあの人の世界に別れたらなんの問題もないわ。」
へー
「じゃあ、なんで今は私と魔王サマのターンなの?」
「過渡期だから。」
きっぱり言われて言葉に詰まる。過渡期・・・進化の過程で魚に足が生えたみたいなこと?
「・・・私とあなたが別の人間になるの?」
「なりつつあるわ。もうあまりあなたが考えていることがわからないもの。」
彼女は目を伏せて微笑んだがすぐにぼやけて見えなくなった。
この私と彼女を隔てている水の膜は、私たちの距離の象徴なのかもしれない。
「なんだか魔王サマが可哀そうね。あなたが急にいなくなったから探し回ってるのね。」
「そういうことね。でもあの人はちゃんとわかってるわよ。今は一時的に私がいないだけだって。それでも私を探さずにはいられないのよ・・・まるで呪いね。」
物騒な言葉を吐きながら彼女は笑った。なるほど、あの魔王サマだけじゃなく、この人も十分に頭おかしいんだ。
「でも私を愛してるっていいながら、他に妻子を作ってるのはどうなのよ?」
「それは仕方ないわね。その世界で生きていくのと、互いを探すのを同時進行でやらないといけないんだから。そういうこともあるわよ。過去にも何度もあったわ・・・それより、今のあなたの生みの親、前世のあの人の奥さんと同じ人だって気付いた? あの人だってなんだかんだ言って色んな人引き連れて転生してるのよね。これは浮気じゃないのかしら?」
なにやら怒っているようだ。言えた立場か?
「つまりお互い様だと?」
「・・・多少はね。でも最初に宿命から外れようとしたのは私だけど。」
ペロッと赤い舌がでてすぐ引っ込んだ。「今回であなたがクマと上手いこといけば、私は元の宿命に戻るわ。あの人との縁が切れていなければ、また会える筈だから。」
夢見る乙女のような顔をしている。
「会いたいの?」
「もちろんよ、私は今も彼を愛してるわ。」
こちらを真っ直ぐに見つめて微笑んだ。
「死んでも離れない。」
青い目の中に炎が見えた。
うん、あの人が魔王ならこの人は女魔王だね。お似合いだ。お似合いのバカップルだ。
「私とクマがうまくいく必要あるの?」
「うん、さすがに私と貴方が完全に別の人間になってくれないと、同時に存在できない。・・・あれ、世界が別ならできるのかしら? やってみる?」
「どうなるの?」
「わかんない」
大丈夫、笑っている彼女を見ても、もう腹も立たない。
「止めておこうね。・・・じゃあ私はクマを攻略すればいいのかしらね。」
「そうね、頑張って。それにしてもあなたにはクマがどう見えてるの?」
「どういう意味?」
「クマって正直、美男子ではないじゃない?」
「そうね」
「そこはわかるんだ?」
「だからどういう意味?」
「あなた前前前世ぐらいに、あの人に人の顔がわからなくなる魔法をかけられてるでしょ?」
「え、そうなの?」
初耳だ。心当たりはあるけど。
「ええ、あなた面食いだから、他の男の顔がわからなくなるようにって。」
「自分はイケメンのくせに!」
「あの人独占欲の塊だもの。」
頭を抱えた。でもあの魔王サマならやりそうなことだ。
「そうなんだ・・・でも私別に面食いじゃないけど。面食いなのはあなたよね?」
「・・・そういう事になるかしら? 確かにあの人の顔は好きね。」
面食いだったから魔法をかけられたのか、魔法をかけられたから面食いじゃなくなったのか。もうどうでもいいや。
私は立ち上がった。角度を変えてもやはり彼女の姿はぼやけている。
「まあなんとなくわかったわ。私は私で好きなようにやればいいのね。」
「そうよ。楽しんで。」
彼女は気楽な感じでひらひらと手を振った。それを見てふと思いつく。
「・・・ねえ、ひょっとしてあなたって絶世の美女だったりする?」
「それなりよ。あの人には絶世の美女に見えるらしいけど。」
魔王サマの目はあてにならなさそうだなぁ。
「ひょっとして私って絶世の美女なのかしら?」
「・・・それなりよ。」
彼女は目を反らした。同じ顔じゃないの!?
「じゃあ、もう行くね。」
「うん、元気でね。」
最後は顔を上げて笑ってくれた。美女っぽいんだけどな。
彼女に背を向けて歩き出すと、ふっと白い世界が消えた。次に意識が浮上した時は朝だった。




