7話 再会でござる
東海道を西に進んでいく。江戸から京都まで続いているこの街道は、行き交う人の数も多い。道はしっかりと整備され、並木が植えられている場所もある。宿場町も一定の間隔で数多くあり、寝る場所にも困らない。
唯一の心配事はやはりお金で、俺たちが元々着ていた服や、馬の糞尿を売ったりして飢えを凌いだ。
だが、江戸を出て3日目、浜松の宿場町に到着した頃、とうとう手持ちのお金が無くなった。
「あと何日で京都に着く?」
「3日が現実的。急いだら2日で行けるかもしれない」
「それなら十分だ。水さえあれば」
江戸時代の夏も令和のそれと同様に暑い。いや、炎天下に1日中晒されていることを考えると、環境は今の方がずっと過酷だ。
「浜松で休むか?」
「そんな暇はない。飢え死にするだけだ」
「わかった。先を急ごう」
さっさと坂本龍馬と写真を撮って、早くクーラーの効いた部屋に戻る。それが3人の共通の目標だ。いつもは弱音ばかりのマサも、今日は文句ひとつ漏らさない。
いつもはよく喋る俺たちだったが、旅が進むにつれ、話すこともなくなってくる。暇な時間はずっと、すれ違う人たちをぼーっと馬の上から眺めていた。人間観察は趣味ではないが、他にすることはない。
「あんなところにパンの店があるなんて、驚いたのう」
「あんな美味しいパンを食べたのは初めてじゃ」
すれ違う人たちの会話を聞いて、俺は思わず微笑んだ。
「この時代にもパンはあるのか。横文字のくせに」
「確かにな。驚いた」
パンについて喋っていた人たちを、俺はなんとなく目で追っていたが、しばらくすると彼らは道を外れ、視界から消えた。
「この時代のパンってどんなんだろうか。食べてみたいな」
「金がないのにそんな話するな。腹が減る」
またしばらく行くと、今度は両手に袋を抱えた女性が俺たちの前を通り過ぎた。大事そうに抱えたその袋から、何か茶色い棒状のものがはみ出していた。
「ん?」
その中身が見えたのはほんの一瞬だった。だが、それには確かに見覚えがあった。俺はその女性の方をもう1度見て、その袋の中身の正体を突き止めた。それはすぐにわかった。
「おい!あの女の人が持ってる物!」
俺はタケとマサに声をかけた。2人はそれを見ると、同時に目をしかめた。
「フランスパンか、あれは」
「そうだろ?どう見てもそうだろ?」
「まさか、この時代にフランスパンはすでにあったのか?」
「いや、違う。もしかして……」
俺は何かを悟った。いや、それはもはや確信に近い。これはあの人の、俺に向けたメッセージに違いない。
「タケ!マサ!ここで待っててくれ。すぐに戻る」
「おいヤス!どうしたんだ急に」
俺はその場で馬を降り、手綱をタケに預けた。フランスパンを持っていた女性を急いで追いかけて、後ろから声をかけた。
「すいません、そのパン、どこで買いました?」
「あ、えっと、あそこのお店でございますが」
「ありがとうございます」
彼女が指差したのは、宿屋の隣にある小さな小洒落た商店だった。店の前には人が大勢並んでいて、人気店であることが遠目で見てもわかる。
俺は店の前までやってきた。店に並ぶ行列は長く続いていて、店内の様子は外からでは確認できない。俺は迷惑は承知でその行列をかき分け、その店内に入っていった。
「お客様、順番は守ってくだされ」
店内に入ると、男の店員にそう怒鳴られて、店を出るよう催促させられた。
「パンを買いに来たんじゃないです。人探しです」
「ひ、人探しでございましたか。どなたをお探しで」
「綾です。安田綾っていう女性です」
「あー、綾殿でしたら、厨房におられますが」
「ありがとうございます!」
俺の勘は見事に的中した。厨房を覗くと、そこで働く綾の姿が見えた。彼女もまた、俺たちと同様タイムスリップしていたのだ。
「綾!」
俺は厨房に向かってそう叫んだ。声は無事に彼女に届いたのか、彼女は顔を上げて俺のことを見た。その瞬間、弾けるような笑顔が俺の目に飛び込んできた。
「ヤス!」
彼女は厨房を勢いよく飛び出して、その勢いのまま俺に抱きついてきた。
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