3話 タイムスリップでござる
俺は突然目を覚ました。自分が地面に寝転がっていることに気がついて、ゆっくりと体を起こして体についた泥を落とした。
慌てて周囲を見渡したが、あの居酒屋の店舗はどこにもなかった。視界に入るのは無数の草木だけで、建物の光すら全く見当たらなかった。俺はその状況に、明らかな既視感を覚えた。
「おい!タケ!マサ!」
俺は怖くなって叫んだ。
「ヤス!ここだ!」
かすかにタケの声が聞こえた。ポケットから携帯を取り出し、足元を照らしながら彼の元へと向かった。電波は来ていないのか、圏外と表示が出ている。俺は舌打ちをした。
「タケ!いるか?」
「ここだ!マサもいる」
木の根っこにもたれかかっている2人を発見した。2人とも無事なようだが、マサは何かに怯えて小さくうずくまっている。
「大丈夫か?マサ」
「……ああ」
マサはそう答えたが、まるで大丈夫そうには見えない。だが、彼がそうなる理由を俺は薄々理解していた。似たようなことを、俺たちは過去にも経験している。
タケの顔を見ると、彼は呆れたような微笑を浮かべていた。
「……またタイムスリップしたってことか」
「そのようだな」
「チッ!また死ぬまで未来に戻れないのか」
「とりあえず、俺たちがいる場所がどこか確認しよう」
「……ああ、そうだな。マサ、行くぞ!」
タケは縮こまるマサに手を差し伸べたが、マサは首を横に振った。
「なんでもうこの状況を飲み込んでるんだ?またタイムスリップさせられたんだぞ!」
「マサ、お前の気持ちもわかるが、こんなところにいても何も始まらないだろ?そもそもいつの時代かも分かりはしないんだ」
「また戦国時代だったらどうするんだ?また殺されるぞ!」
「殺されたら未来に戻れる。万々歳じゃないか」
俺とタケは嫌がるマサを無理やり起こした。初めはマサも抵抗したが、そのうち口数も減って落ち着いてきた。
携帯のライトだけを頼りに、果てしない森を進んでいく。幸いなことに雨はすぐに止んだが、それでもぬかるむ泥に足を取られることは少なくなかった。
「お、おいお前ら!どこまで行くんだよ!」
「とにかく町を探すしかない。泥の上じゃなくてベッドで寝たいだろ?」
「ベッドがある時代じゃないかもしれないぞ!」
「それでも泥よりマシだ」
2回目のタイムスリップとあってか、俺とタケに迷いはない。俺とタケは戦国時代を2年以上生き抜いてきた経験と知識がある。対してマサは、戦国時代に来たはいいものの、ドジってすぐに死んでしまったのだ。怖がるのも無理はない。
2時間ほど歩き続けた。高い木々に囲まれたこの森では、月の光さえ頼りにならない。来ていたスーツは泥まみれになってしまい、ジャケットは森のどこかに捨ててきた。
「あれ、町じゃないか?」
タケが指差す方向をよく見ると、確かに家屋が並んでいるのが見えた。暗くてよく見えないが、それなりに大きい町ではないだろうか。
「とにかく、この丘を降りて町に行こう」
「お、おい。明日でも良くないか?時代が時代だったら殺されるぞ」
「時代がいつかわからなきゃ、俺たちもどうしていいかわからないんだ」
タケはそう言うと、1人で町の方へ歩いて行った。
「あ、ちょっと待てよ!」
俺とマサは慌てて彼の後ろをついていく。
俺たちは丘を降りて雑木林を抜けると、幾つも田んぼが広がっていた。その先に小さな民家が建ち並んでいるのが見えた。
タケは携帯のライトで慎重に周囲を照らしながら、田んぼの横の道をゆっくりと歩いていく。俺とマサは彼に続く。
「ん?」
「どうしたタケ」
「これを見ろ」
タケがライトで照らしたのは、大きめの機織り機のよう物だった。タケがそれを入念に調べるのを、俺とマサは横の立って待っていた。日本史をしっかりと理解しているのは、高校時代に日本史をとっていた彼だけだ。
「これは千歯扱きだろうな」
「な、なんだそれ」
「稲とか麦とかを脱穀するための装置だ。本物は初めて見た」
「それで、この時代は何かわかったか?」
「江戸時代で発明された農具だったと思う。だからおそらく江戸時代か、それ以降だ」
「でもあの民家、どう見ても近代的ではない。安土桃山時代の時とあまり変わらない」
「じゃあ、やはり江戸時代かもな」
タケはゆっくりと立ち上がると、また民家の方へと歩みを進めた。
「なあ、時代もわかったんだし、今日はこの辺で野宿にしないか?」
「江戸時代って言っても250年以上あるんだ。もっと詳しく調べないとダメだ」
「……マジか」
マサは心底ガッカリしている様子だったが、タケを止められる者は誰にもいない。
「マサ、お前もお布団で寝たいだろ?宿屋があれば寝かせてくれるかもしれない」
「そんなに簡単に行くのか?」
「さあ……」
肩を落とすマサの手を強引に引っ張り、タケの後を追う。彼はもうすでに田んぼを抜けて、民家の前まで来ていた。
「どこの家も灯りがついていない。もう夜中だから仕方ないな」
俺とマサがようやく町に到着すると、タケは小声でそう話した。彼の言う通り、町には一切の光源がなく、数メートル先もほとんど見えない。
「もう携帯はしまっておけ。怪しまれる」
俺は携帯をズボンのポケットに入れた。視界はさらに暗くなった。
「とりあえず3人で手分けして宿屋を探そう」
「わかった。俺はこっちに行く」
3方向に分かれた俺たちは、それぞれの足で宿屋を探して町を歩き回る。だが、宿屋を探すことはそれほど簡単な作業ではなかった。民家と見分けがつかず、建物の前に立ち止まっては度々頭を悩ませた。
「わかんねえな……」
つい独り言をこぼしてしまう。戦国時代を2年以上生きていたのは紛れもない事実だったが、宿を探すこともままならないとは、自分が少し情けなく感じた。
俺はボンヤリと空を見上げた。先ほどまで雨を降らせていた雲はどこかへ消えて、数え切れない数の星が空を埋め尽くしていた。俺はその光景を眺め、息を呑んだ。おそらく未来の日本では見ることのできない、圧巻の景色だった。
「おい!ヤス!逃げろ!」
町の真ん中で空を見上げていた俺の意識を現実に戻したのは、どこからか聞こえてきたタケの叫び声だった。
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