18話 争いは争いを生むのでござる
近くの医者を訪ねた。やはり綾のお腹には子供がいるだろうという診断だった。この時代にはエコーも何もないから、100%の診断ではないだろうが、それでも俺たちは喜んだ。
綾は相変わらずお米を食べることができないままだった。その匂いを嗅ぐだけでも吐き気を催すらしい。ただ、熱が下がって以降の健康状態は比較的安定していて、数日後、ようやく待望のパン屋開業にこぎつけたのだった。綾の作るパンはやはり別格で、すぐに店は繁盛した。
その日の夜、タケが長崎から帰ってきた。夜ご飯も済んで、もう寝ようかと思っているところだった。
「おい!ヤス!」
「ん?その声は、タケ?」
俺は興奮を抑えきえず、勢いよく襖を開けた。そこには見慣れた男の姿があった。
「おかえり、よく帰ったタケ」
「ハハ。余裕だったわ」
彼は両手に抱えた荷物をその場に下ろすと、大きな袋の1つを俺に渡した。
「お土産だ。綾ちゃんと分けろ」
「ホントに!?ありがとう」
綾は部屋の奥でもう布団にくるまって寝ている。俺は彼女の方を見て、少し笑った。
「綾ちゃん寝るの早いな。体調でも悪いのか?」
「いや、実は違うんだ」
「え?どういうことだ」
俺はお腹に手を当て、お腹が膨れているというジェスチャーをした。タケは俺の言いたいことにすぐに気がついて、声を上げて驚いた。
「ほ、ほんとうか!?」
「ああ。医者にも診てもらったんだが、そういうことらしい」
「良かったじゃないか、ヤス!」
「まあでも、この時代だ。子供をちゃんと育てる環境が整っているわけでもないから、綾も不安がってた」
タケは小さく頷いた。
「綾ちゃんとか子供のためにも、お前がしっかりしないとな」
彼は俺の肩をポンポンと叩いた。だがきっと育児とはそういうことで、俺の想像を絶する苦労がこの先待っているのだろう。だが俺はそれを楽しみながらも乗り越えてみせる。そんな覚悟はもうできていた。
「実はな、ヤス。俺もお前に言いたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「龍馬さんのことだ」
「龍馬さん?何かあったのか?」
俺はタケから漂う不穏な空気を瞬時に察知した。
「実際、長崎に行ってみてわかったことなんだが、龍馬さんの亀山社中の実態は、想像していたものとはかなり違った」
「亀山社中の実態?ただの貿易会社じゃないのか?」
「武器を運んでる。しかも大量にだ」
タケは口調を強めてそう言った。俺は驚きを隠せなかった。
「不審に思って色々調べたんだ。その結果……」
タケは胸元からヨレヨレになった藁半紙を取り出すと、それを床に置いて広げた。そこには彼が急いで書き殴ったような相関図が記されていた。
「調べたところ、薩摩藩から長州藩に大量の武器が渡っている。それを運んでいたのが龍馬さん率いる亀山社中だったんだ」
タケはその相関図を指差しながら、丁寧に経緯を説明する。
「長州藩は薩摩藩名義で海外から武器を購入していた。それも銃や弾薬だけじゃない。軍艦までもだ」
「一体何のために?」
「これは俺の日本史の知識に基づく考察だが、恐らく幕府による長州征伐が間も無く起こるんだろう」
「長州征伐?な、なんだそれ」
「戦争だよ。一言で言うならね」
戦争、という言葉の重みを俺はどれだけ理解しているのだろうか。この時代の人はどれだけ理解しているのだろうか。しかしそれがどうであっても、人の命が奪われる戦争の終着点に、平和があることはない。
「つまり、この亀山社中は戦争の片棒を担いでいる、そういうことか」
「まさにその通りだ。そして、このまま龍馬さんと協力するのなら、俺たちも間接的に戦争に関与することになる」
「……」
争いは平和を作らない。争いは争いを生むだけだ。龍馬さんや薩長同盟がやろうとしていることを否定するつもりはない。だが、やはりそのやり方は許容できない。もっと平和的な手段を取るべきだ。
「龍馬さんを説得しよう。するしかない」
「やっぱりな。ヤスならそう言うと思った」
タケは笑みを浮かべながら、その拳を宙に浮かべた。俺たちは勢いよくお互いの拳をぶつけた。
小説を読んでいただいてありがとうございます!!
感想や高評価、ブックマーク登録していただくとモチベーションになります!ぜひお願いします!
次話もぜひお楽しみください!