17話 新たな家族でござる
俺は自分の作ったお粥に自信があった。だからこそ、お粥を差し出した時の彼女の反応には少しショックを受けた。
「……ごめんヤス。こっちに持ってこないで」
「え?ど、どういうこと?」
「いいから!外に出して!」
俺は2人分のお粥が乗ったお盆を部屋の外に出し、襖を閉じた。彼女は俺に背を向け、深呼吸を繰り返している様子だった。その彼女の姿はまるで普通ではなくて、俺はただ目を丸くして彼女を見守るほかなかった。
「……ごめん。なんか食べる気分じゃないの」
「う、うん。大丈夫」
「先食べてていいよ。あ、でも外で食べてね。なんか、ね、あれだから」
俺に知識があると言えば、それは嘘になってしまうだろう。だが俺は、普段は大好きなお米を拒絶する彼女の様子を目の当たりにし、ある1つの仮説に辿り着いてしまった。
「綾……?」
「……」
「もしわかってるなら、本当のことを教えてほしい」
彼女は俺に背を向けたまま、ただ首を横に振った。彼女が一体何を抱えて、何を俺に隠そうとしているのか、色んな可能性を考えてしまう。もし俺の読みが正しいのなら、彼女は一体何に怯えているのだろうか。
俺は居ても立っても居られなかった。俺は彼女を1人部屋に残して、すっかり日の沈んだ町に繰り出した。俺は足早に綾のパン屋へと向かい、鍵を使って扉を開けた。店内の厨房には、俺が綾に代わって作った試作品のパンがいくつか並べられている。そのうちの特に形がいいものを袋に入れ、彼女の元へと持っていった。
「綾、パンはどう?俺が作ったやつでよければ」
「……」
食べられる物が限られる、という話を聞いたことがある。米がダメならパン。パンがダメなら麺を用意してみせる。
だが綾は、なかなかパンに手を出そうとはしない。だがそれは彼女の体が拒んでいるというよりも、彼女の意志が拒んでいるようだった。それはもしかしたら、俺に「妊娠」を悟られないようにするためなのかもしれない。
「綾、最近ほとんど食べてないでしょ?」
「……そんな気分じゃないっていうか、まあ、うん……」
「何かは食べないとダメだよ。体にも悪いんじゃない?ほら、その、……お腹の子にもさ」
綾は俺の言葉を聞いても、何も言わなかった。床に向けていた視線をゆっくりと上げ、俺の目を真っ直ぐ見つめた。何かを我慢しているような彼女だったが、次第にその表情は崩れてゆき、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
「そうか、そうだったんだね……」
俺は彼女をギュッと抱きしめた。俺は素直に嬉しかった。我が子が綾のお腹にいると聞いて、嬉しくないはずがない。俺も綾も、長い間子供を欲しがっていたのだ。
「で、でも、でも……」
綾は込み上げてくる嗚咽を抑えながら、必死に言葉を紡ぐ。
「この子をこれからどうやって育てるの?この時代には保育園も幼稚園も、学校もない。ちゃんとした病院があるわけでもないの。そんなんで、この子をちゃんと育てられるのかな……?」
彼女の不安はとても理解できた。彼女が俺に妊娠を隠していたのも、おそらく彼女自身がこの不安を解消しきれず、その事実から目を背けていたからだろう。
俺は彼女のお腹に手を当てた。そこに新しい命がある、そんな実感を得ることはまだできない。だがお腹に触れた俺の指先は、確実にその温もりを感じた。
「確かに、俺もめっちゃ不安。明日を無事に迎えられるかもわからない時代で、自分が毎日を生き抜くので精一杯。この子がちゃんと育ってくれる保証なんてない。でも、それでも、そんなことも忘れてしまうくらいに、俺は今とっても幸せなんだ」
気づけば綾だけでなく、俺も涙していた。
「綾、こんなことを言うのは無責任かもしれないけど、やっぱり俺は笑ってこの子を迎え入れたい、そう思う」
少しの時間があった。だがそれは、彼女が俺の言葉を飲み込むのに必要な時間だったように思う。
「……うん。わかった」
綾は力強く頷くと、鼻をすすりながらも不器用に笑ってみせた。そんな彼女を心から愛おしく感じた俺は、もう1度彼女を抱きしめた。彼女の頬が胸に当たると、俺はゆっくりと目を閉じた。この上ない幸福感と綾を胸に抱きながら、俺は家族を幸せにすると神に誓った。
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