津田佑衣奈⑨
八月十日午後一時。
佐井君の案内で、佐井家に到着。
急に緊張してきた。
お姉さんに会うことが目的ではあるけれど、男子の家に高校生になって遊びに来るのは、ライブよりドキドキするかもしれない。
「お邪魔します」
そういいながら靴を脱ぐ。
バタバタと二階から降りてくる音。
「佑衣奈ちゃん? よろしく。私が幸助の姉の心音でーす」
「あ、津田佑衣奈です。よろしくお願いします」
なんだか佐井君とは雰囲気が違う。
お姉さんの方がテンションが高いというか、明るいというか。
心音さんに案内され、二階に上がり、心音さんの部屋に入れてもらう。
入った瞬間に目に入るのは大量のCD。
正面の壁には机とCDの並んだ棚と、大きなラックにコンポとスピーカー。
右側のベッドの壁際にはKISSやガンズのアメリカンなロックのポスターが貼ってある。
「そのクッション使っていいよ」
心音さんが指をさす。
言われるがままに、鞄をおろし、ギンガムチェックのクッションに腰を掛ける。
イギリス国民を敵に回すような気分だ。
佐井君がお盆に飲み物とグラスを乗せて部屋に入ってきた。
「ありがとう」
私も佐井君のお手伝いをして、ローテーブルにグラスにジュースを注ぐ。
佐井君も一緒に過ごすのか。
まあお姉さんと二人きりも気まずいし、助かるっちゃ助かるけど……。
佐井君が女の子慣れしているのはお姉さんの存在が大きく関係しているんだろう。
「何か気に入ったのあった?」
佐井君が私にそう聞きながら左隣に座る。
「あ、いや、まだそういう話はしてない」
「ねえねえ、佑衣奈ちゃん、これのアーティスト知ってる?」
棚から一枚アルバムを取り出し、心音さんが右隣に座る。
佐井二人に挟まれる。
アルバムにはユーライアヒープと書いてあった。
「姉貴これ好きだよな」
「うん。サウンドはもう三、四十年前だから古いんだけど、幻想的というか、重厚というか、ブリティッシュハードロックのアート性を感じるんだよね」
「わかる。オルガン? シンセサイザーなのかな? とにかくキーボードのリフとかかっこいいよね。あとその年代だとTレックスもいいよ」
佐井姉弟の音楽対談が始まっている。ユーライアヒープの対自核がいいとか、七月の朝がいいとか、安息の日々がいいだとか。
心音さんがCDを取り出しコンポで再生する。
オリジナルアルバムはお父さんが持っているらしいけれど、今再生しているのはベストアルバム。
佐井姉弟曰く、リアルタイムでない若者が過去の分を全部聴く必要はないとのこと。
現在の曲と過去の曲、そして未来の曲を聴くとなると、膨大な時間になる。
それで飯を食べていくわけではないのであればベストアルバムでいいと佐井君は言う。
結局ふるいにかけられて残る曲が残るというのが佐井姉弟の持論らしい。
これで佐井姉弟と佐井父とで討論になると笑って話していた。
それには私も同意だ。それにとりあえずベストアルバムを聴き、いいなと思ったらそのアーティストのオリジナルアルバムを聴けばいい。
「あ、この曲が七月の朝だよ」
壮大なロックバラードだ。たしかにかっこいい。歌詞はわからないけれど。
続いて対自核。
これはかっこいい。頭がおかしくなるんじゃないかと思うような、かっこよさだ。
安息の日々も造りは簡単だけれど、一つのフレーズが耳に残る。
「これ借りてもいいですか?」
自然に私は言っていた。
「いいよ。やった、仲間が増えた」
心音さんがCDをケースに入れて渡してくれた。
それを受け取る。
それから、洋楽を中心に話が進んだ。
軽音楽部より軽音楽部っぽい話だ。めちゃくちゃ楽しい。
気が付いたら窓の外が暗くなっていた。




