プロローグ②
「あ、幸助いた!」
麻衣の声だ。
そのまま駆け寄ってくる。
南と上田が、自然に左右移動し、麻衣に道を譲る。
後から日吉さんが「ちょっと急に飛び出さないでよ」と言って麻衣についてきたけれど、あまり麻衣には関係なさそうだった。
「ねえねえ、花火見ようよ。甚平似合うね」
浴衣姿の麻衣が俺の腕を掴んで引っ張る。
段ボールを持っていたので、バランスを崩しそうになる。
「俺も似合ってる?」
上田が茶化すように言うが、麻衣は無視をしている。
上田と麻衣のよくわからないやり取りの後ろから、浴衣姿の女の子が駆け寄ってきた。
「あ、佐井君」
百村さんだ。
「私、ほら、夏休み後のレクの話もしたくて、来たんだけど、一緒に花火でもどうかなって……」
百村さんも浴衣姿なので、歩幅が小さく、よちよちした走りかっただった。
百村さんの後を追うように押立さんもついてきている。
「夏休みなんだから学校の話やめようよ」
麻衣が百村さんに食って掛かる。
よく見ると、知った顔がそろっている。
「おっす、こーくん。来たよ」
スマホをいじりながら手を挙げる香苗。
まさか来るとは。一匹狼タイプの香苗はまつりも一人で楽しめるのだろうか。
自然に言うから普通に反応してしまったけれど、思えばみんなの前で「こーくん」と呼ばれるのは初めてだ。上田と南がきょとんとしている。麻衣は、たぶん驚いている。
奥でこちらに手を振っているのは長峰さんだ。
その後ろから長峰さんと同じ図書委員の坂浜さんが顔を出して会釈したので、手を振って会釈をしておいた。
「何? 幸助、みんな友達?」
姉貴が冷やかすように屋台から顔を出す。
「幸助君モテるじゃん!」
姉貴の友達の理穂さんも一緒になって茶化してくる。
「あ、佐井先輩、お久しぶりです」
どこから現れたのか、矢野口さんが姉貴に挨拶をしている。
それをまねするように隣で大沼さんも頭を下げている。
「あ、光ちゃんじゃん。久しぶり。友達と来てんの?」
「はい、そうなんです」
姉貴と矢野口さんは中学でつながりがあったらしい。
二人のやりとりを見ていたら後ろから「こんばんは」という声が聞こえた。
「げ、麗奈、来たのかよ」
南がばつの悪そうな顔をしている。
「いいじゃん来たって。友達と遊びに来たの」
「浴衣で?」
「せっかくだから着たっていいじゃん」
麗奈ちゃんはお友達と一緒にまつりを楽しんでいるらしい。
お友達は「この人が佐井さん?」と麗奈ちゃんに聞いていた。
すっかり店の看板犬となった上田のとこのあんちゃんが、たぶん早く運べときゃんきゃん吠えている。
ドン
花火が打ちあがる。
一瞬何の音だかわからなかった。
これから打ち上げます的なアナウンスはないのだろうか。放送委員としては、今のは配慮が足りないと感じてしまった。
しかしそんなことを感じているのは俺だけのようで、花火の音に「おー」と大人たちは歓声を上げ、「きゃっきゃ」と子供たちは騒いで、「ぎゃー」と赤ちゃんが驚いて泣いている。
もう花火の時間か。早いところ荷物を運んで祭りを楽しみたい。
しかし周りを見たら、上田も南も、さっきまで騒いでいた女子たちもみんな花火を見ていた。
終わってからでいいか。
そう考えなおして花火を見ることにした。