生きて
あてもなく歩き続けて、都会の中心部からは少し離れ、いつの間にか深夜になっていた。人ももうほとんどいない。
そうして二人で手を繋いで歩いていると、また改めて雪が降ってきた。二人で空を見上げ、また顔を合わせては笑った。そうして雪降る厳冬の中を、二人、死に場所を求めひたすらに歩いた。
冬月さんが「そうだ、音楽聴こうよ」と言うので、二人で一つのイヤホンをお互い片耳につけ、お互いの好きな音楽を順番に聴いた。俺が好きなTHE BLUE HEARTSやBase Ball Bearやモーモールルギャバン、冬月さんが好きなきのこ帝国や転校生やPOLTAやらを、深夜の道を歩きながら黙って聴いた。
そうして音楽を聴き終わり、イヤホンを外してまた歩く。たまに目が合って笑う。それは永遠のようであった。でも夜はもう長くない。
そうしてじきに僕たちは死に場所を見つけた。それは無駄にデカい古びた雑居ビルで、錆びた外階段の扉は開いており、僕たちを死へと誘導するようであった。そうして二人でその長い階段を上ってゆく。冬月さんは先程までは少し疲れたようであったが、すっかりまた元気になって俺の前で階段を上ってゆく。
俺は疲れにやられながらも足を上げる。その胸中ではまた色々な感情が渦巻いていた。俺は生きたくない。どちらかといえば死んでしまいたい。ただやはり欲を言えば、俺は冬月さんと、今日のようにずっと生きていきたいのだ。ただそれ以上に俺は、彼女のしたいようにしたい。彼女が死にたいのならば俺はそれに頷くし、さらに彼女と一緒に死ねるのならばそれほど嬉しいことはない。ただ、この死に場所を見つけた時、俺にはなにか、見つけてしまった、という思いがあった。そうしてまた混色の感情が胸中で暴れていた。でもそれも次の瞬間には静まった。疲れて足の上がらない俺に冬月さんが階段の上からこちらに手を差し伸べてきたのだ。そうして顔を見上げた俺に彼女は優しく微笑む。俺はその強く握ればぼろぼろと崩れ落ちてしまいそうな小さく細い彼女の手を掴む。その瞬間、その混色の感情はどこかへ消え去った。俺はただひたすらに彼女と一緒にいたいのだ。それはやはりできることならば生きて一緒にいたいけれど、それでも、死んででも彼女と一緒にいたいのだ。ただ本当にそれだけだった。それは一時の感情なのかもしれない、ただまもなくそれは一生になる。
何故自分がそれほどまでに彼女のことを思うのかはわからないし、おそらく考えてもわからないし、もうそんなことはどうでもよかった。
長い外階段を上り、屋上に着いた。冬月さんはその広く暗い雑居ビルの屋上で、雪降る中、その真っ黒な髪を風に靡かせ、こちらを見てただ優しく微笑んでいた。いよいよその時が来た。春はもはやそう遠くない。そして空はもう明るくなり始めており、朝はもうすぐそこらしかった。でも僕たちは、桜が咲く前に、朝が来る前に、死ぬ。
そうして僕らは手を繋いで、屋上の端の低い段差の上に上る。そこから二人で地上を見下ろし思わず二人同時に「たっか」と声を漏らした。そうしてまた顔を見合わせ二人で笑った。
目を閉じて大きく息を吸う。厳冬の空気はえらく冷たく、吸うと肺は凍るようであった。そうしてその冷たい空気を吐いて、冬月さんの方を見やる。すると彼女もまた目を閉じて深呼吸をしていた。雪に降られながら、真っ黒な髪をまた風に大きく靡かせ、すぐに消えてしまう白い息を吐く彼女のその横顔は、それはもうひたすらに美しかった。
冬月さんは前を見ながら言う。
「ありがとう」
だから俺も前を見ながら言う。
「ありがとう」
そうして僕らは向き合って、キスをした。
唇を離して、お互いの顔を見つめ、僕らはまた笑った。最後に見る光景がこんなに美しくて可愛らしくて愛おしいものなんて。これを幸せと呼ぶのだなと、そう思った。
ただ、それでも、こんな状況になってまで、最後の最後になってまで、今まさに彼女と二人で一緒に死のうとしているのにも関わらず、未だに俺はひたすらに無責任に願っていた。
だから最後に、その素晴らしき光景を目に焼き付けながら、その願いを、俺は冬月さんに心中で言う。
君よ、どうか生きて
あとがき
また今年も別れの季節が過ぎてゆきまして、僕としてはここ数年ちゃんとした別れなどは特になかったのですが、今年は丁度一ヶ月程前に久しぶりに数人の方たちとお別れを経験しました。そうしてその方たちは僕の中で“青春の中の人”になりました。
もう一生会うことはなさそうで、えらく寂しいばかりですが、僕はやはりそのお別れした方々に無責任ながら「生きて」と思うばかりです。
余談なのですが、今作は僕がハメ撮りAV作品を見ているときに思いついたものです。
ちなみに作中に出てくるバンドやその曲は勿論僕が好きなものばかりです。
田辺マモル、THE BLUE HEARTS、Base Ball Bear、モーモールルギャバン、きのこ帝国、転校生(水本夏絵)、POLTA、是非とも一度ならず二度三度幾度と聴いてみてください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
感想評価お気に入りユーザなどよろしければお願い致しますm(_ _)m
Twitter→【@hizanosara_2525】