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生きて  作者: 膝野サラ
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冬の知らぬ都会の街で

朝、手を繋いでホテルから出ると、夜のうちに降ったのか、世界は昨日よりも一層白かった。

「すごい」と微笑みながら寒さに震える冬月さんがまた可愛かった。

そうして近くにあった大きな公園に行き、二人でその積もった雪で雪合戦をした。彼女は執拗に我が面を狙い、見事当てるたびに手を叩いて笑った。ひたすらに楽しかった。そして次に雪だるまを作った。あまりに寒すぎて小さめのものしかできなかったが可愛らしい雪だるまができた。そうして完成した雪だるまを見て二人で笑った。おそらくこの雪だるまが消えるよりも前に、僕らが消える。

そうして体力を消費し、少しばかり朝からはしゃいだことを後悔しながらも二人で歩きだした。


昼はすぐにやってきて、その地の名物であるラーメンを食べた。冬月さんは「こんなに美味しいラーメンはじめて」とまたその可愛らしい声で言っては俺の目を見て笑った。彼女は本当に楽しそうで、そして勿論俺も楽しかった。


その後は水族館に行った。水族館なら自分たちが住んでいる街にもあるのだから、わざわざこんな遠くに来てまで行くこともないのでは、とも思ったがそれももうどうでもよかった。ただ楽しい、それが全てだった。

大きな水槽で優雅に泳ぐ魚を見て彼女は「楽しそうだねえ」なんて言う。だから俺は「でも俺たちの方が楽しそう」と言うと彼女は花が咲き放つように笑った。

次にイルカショーを見に行った。イルカはまるで翼があるかのように水から勢いよく出ては飛んでいた。それに彼女は無邪気に大きな拍手をする。周りは家族連れやカップルが多く、でも誰よりも冬月さんは楽しそうで、無論俺もそうであった。

その後も我が前で幼女のようにはしゃぐ彼女を見て俺は笑っていた。その後またソフトクリームを食べて「昨日も食べたのにね」なんて言ってこちらを見上げ笑う彼女がおり、また俺も笑う。こんなにずっと楽しくて笑っているのはいつぶりか、もしかしたら初めてかもしれない。そうしてふいに、彼女とずっとこうして生きられたら、なんて思った。ただそれはまたなにか違うのだということもわかっていた。だから僕らはここまで来たんだ。

時間はいつも通りに過ぎて、街はいつも通りに動いている。その中にいつもとは違う僕たちがいた。


そうして電車に乗って都会の中心部へと向かう。なにも知らない純粋な小動物のように窓から外の景色を見る彼女の横で、なにも知らない純粋な大動物のように窓から外の景色を見る俺がいた。

空はオレンジ色に向けて走りだす。そうして僕らも走りだした。


冬月さんが乗りたいと言っていた都会のど真ん中にある観覧車に乗った。対面で座り、意味もなく二人で笑った。

そしてまもなく夕日が見え、こちらを見る彼女の顔の半分が明るいオレンジ色に染まった。けがれのない夕焼けが僕らを照らしていた。そうして僕らはゴンドラの中で主人公になった。そこで田辺マモルの「永遠の光」が脳内再生される。彼女のその姿を見て、美しいというのはきっとこれを言うんだと、そう思った。今が俺の青春のクライマックスだと、そう思った。

彼女は窓の外のその夕日を見てまた無邪気に喜ぶ。そのオレンジ色の横顔に見惚れたのち、俺も窓の外の夕日に目をやる。ゴンドラが丁度てっぺんに到達した時、同時に夕日が消えてゆく。僕たちにとって最後の夕日は、最後の太陽は、消え入るその時まで、ひたすらに僕たちを眩しく照らしていた。そうして夕焼けもまた、夕日の後を追って消えてゆく。そうして前に向き直ると彼女はまたこちらを見ていた。彼女の顔は先程までとは打って変わって、なんだか寂しそうだった。そうして次の瞬間には彼女は俺に抱きついていた。太陽が消えた世界にはもう、僕ら以外誰もいないようであった。


夜、豪華な海鮮丼を食べに行った。これが所謂最後の晩餐である。それはそれは無論素晴らしく美味しく、二人でまた言葉にならぬような歓喜の声を上げた。冬月さんの食べている姿はやはりそれはそれは無論素晴らしく可愛らしかった。そうしてあっという間に最後の晩餐は胃の中へと去って行った。


そうしてその後、二人で都会の隅っこに座り、ボーっとしていた。そこで、薄々気づいていたことが確信に変わった。どうやら僕たちは旅が下手らしかった。あまり調べることもなくこんな遠くまで来たものだから、行きたい場所もあまりわからず、時間もなかった。そうしてそれを彼女に言うと彼女は「私も気づいてた」と言った。そうして二人で顔を合わせて笑った。ただそれでも、ひたすらに楽しかった。そしてやはりそれが全てなのだと思った。最後の思い出が二人の中でどんどんと生まれてゆく。

そうしてその後はひたすらに冬の知らぬ都会の街を歩き回り、面白いものを見つけては二人ではしゃいだ。

冬の知らぬ都会の街で、僕たちはどこまでも小さかった。ただ、その冬の知らぬ都会の街で、僕たちはどこまでも二人だった。

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